Sid.6 弾除け男子の苦悩

 細い指が俺の手に絡まり温もりも伝わってくる。お陰で心拍数増大なのと、手汗がじわじわ滲んでくる。気持ち悪いとか思わないのかな。好きでもない男の手だよ。

 学校最寄り駅に向かう道中、ずっと握られてるわけで。他に生徒なんて居ないんだから、ここまでやる必要は無いと思うんだが。

 見ると、にこにこ笑顔で「普通の女の子目指すんだ」とか言ってるし。


「ちゃんと広めないとね」

「何を」

「何をって、付き合ってるってこと」


 でも恋人ではない。あくまで弾除けでしか無いんだよな。こうして手を握ってなんて、あり得ない事象はあるけど。これだけでも神様に感謝しろってことかも。

 もし俺がAL室に行っていなければ、鴻池さんと偽装とは言え手を繋ぐ、なんてことは一生無かっただろう。


「暑いね」

「あ、うん」

「汗、凄いよ」


 暑さだけじゃない。緊張からの発汗作用と理解しないのか。

 そう言えば鴻池さんって、これまで誰かと付き合ったこと、あるのか? 聞いてみたいけど聞くもんじゃないんだろうなあ。

 外見は文句なしだから過去に居てもおかしくはない。性格も今日で知った、と思うけど猫被りはあるよな。俺如きに本性を晒すとは思えないし。そもそも偽装してるんだから、他人を騙すことには抵抗ないってことだし。

 身を守る、って言う大義名分があるからだろうけど。


「ハンカチ持ってないの? 貸してあげようか」

「あ、持ってる」


 手汗を拭えってことだ。さすがに気持ち悪いんだろう。指先が汗でぬるぬるだから。

 ポケットからハンカチを取り出し、絡まる指先を解こうとすると「こっちじゃなくて額だよ」とか言ってる。手じゃないの? 確かに額からも汗は流れてるけど。暑さだけのせいじゃなくて緊張もあって。

 俺の手からハンカチを奪うと、額に流れる汗を拭き取ってる。まじ?


「あ、あのさ」

「汗っかきなのかな」

「じゃなくて」

「目に入りそうだよ」


 手汗が不快だからじゃなかったの? なんて言うか恋人でも、ここまでやるものなのか。相変わらず手はぬるぬるなのに。

 軽く拭き取ると「脇も滲んでるね。こっちは拭き取れないけど」って、暑いし緊張してるしで、全身無駄に汗かいてる状態なんだっての。


「脇に挟んでおくと少しは吸い取ってくれると思うけど」

「じゃあ、そうする」


 ハンカチを受け取り脇に挟んで歩く。

 臭いとか汚いとか思わないのだろうか。意外と気にしない人なのか、それとも演技であっても全力投球とか。

 実は他人との距離感を測れない人だったり。


 駅に着き改札を抜けると「上り? 下り?」と聞いてくる。


「下り」

「逆かあ。残念」


 通学時や下校時に寄り添う姿を見せつけられれば、もっと親密具合をアピールできたのに、とか言ってるけど。そこまでしなくていいと思う。

 各々向かい合うホームへ進むが、笑顔で手を振る鴻池さんだ。そのままホームに向かうのかと思ったら、こっちに駆け寄ってくる。


「SNSやってるよね」

「あ、一応」

「じゃあ連絡先交換」


 スマホをかざし登録が済むと「危ない危ない。この程度のこともしてない恋人なんて居ないよね」だそうだ。

 まあそうだろうけど。俺のSNSに女子が登録された。ついでに電話番号も知ることになった。初だ。いや、中学時代に数人程度はある。今は完全に疎遠になって音信不通だけど。

 高校では初。俺ってモテないんだなあ。


「じゃあまたね。あ、DMは夜九時以降は駄目だからね」


 それと朝の八時前も駄目だそうで。緊急時、なんてのがあるかどうか、分らないけど、その場合は已む無しだそうだ。

 時間を決めておかないと、だらだら使い続けることになる。勉強にも支障が出ることから禁止されてるとか。原則、夜九時以降朝八時までは、スマホに触れないことになってるとかで。

 こんな制約があるって、やっぱりお嬢様なんだな。


 じゃあまたね、と言ってホームに向かう鴻池さんだった。

 こっちもホームに降りると、向かい側のホームに居るし。手を振ってるし。なんか恥ずかしいぞ。


 なんか、少し浮かれる俺が居るけど、あくまで偽装恋人だから浮かれちゃいけない。

 そう思うんだけど、なんか少し嬉しく思う俺って、バカだよなあ。

 そんな浮かれ気分も吹き飛んだけど。


 期末考査当日の朝。

 学校最寄り駅の改札前で鴻池さんと合流する。事前に「改札前で待っててね」と言われ、律儀に待っていたわけだ。

 ほんの数分違いで合流すると、同校の生徒の目が丸くなる。だけじゃない。驚愕の表情で満ちてるわけで。


 傍に寄ると「おはよう」と言いながら指を絡め手を繋ぐからだ。しかも満面の笑みで。

 そりゃ驚くよな。告白してきた男子全て、罵って排除してきたんだから。それが俺とだよ。仲睦まじく手を繋いでる、となれば男子に限らず女子も悲鳴を上げるわけで。


 即座に傍に寄ってくる鴻池さんの友人達。


「鴻池さん。気が触れた?」

「なんで、そんなのと」

「ねえ、それ悪趣味すぎない?」


 失礼にも程があると思いもするが、校内随一の女子ともなれば、相手を徹底的に吟味して当然って認識なんだろう。それがよりにもよって俺。

 頭おかしいと思われる。


 あ、後ろから蹴り入れた奴が居る。バッグで殴ってる奴も。


「ちょっと! 今の誰?」


 偽装とは言え暴力行為に及べば、鴻池さんも怒るわけで。そうなると男子連中は舌打ちしたり、睨みつけるようにして足早に去るし。

 女子連中は言葉だけだから、文句言わないのかと思ったら。


「気は触れてないし、そんなのじゃないし、悪趣味でもない」


 俺って女子から下等生物と思われてそうな。

 それでも中には「ついに決めたんだ」とか「へえ、決め手は何?」とか「やっぱ持ってる人はあれなんだね」って、自分に自信があるから、相手の容姿には拘らないんだね、だそうだ。

 美女と野獣なんて言う声もあるし。野獣って言うほどワイルドじゃないし、どっちかと言うと大人しい草食獣。


「ペット?」

「失礼だよ」

「でもねえ」


 美少女のペット扱いかよ。

 俺の周りにと言うか、正確には鴻池さんの取り巻きも混ざる。こんなに女子が群れてる中に居るのが恥ずかしい。

 登校すると注目度の高さに驚くしかない。

 二度見三度見する奴多数。そして驚愕と驚嘆と嫉妬と懐疑。


「じゃあ、お昼にね」


 そう言って手が離れると各々靴箱に向かい、靴を履き替えている間、だから背中を叩くなよ。さらには頭を力いっぱい叩く奴まで。無言だし。

 振り向くと逃げる。

 後ろからなんて卑怯な。

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