Sid.5 偽りの恋人関係を

 ただし、と断りが入った。


「鬱陶しい告白を避けたいから」


 恋人と言うことにして欲しいと。

 い、いや。それは不味い。多くの男子が憧れる鴻池さんと、恋人同士なんて嘘でも公言したら、俺が恨まれかねないか?

 それこそ何されるか分からないし。嫉妬に塗れた男子に殺されるだろ。


「む、無理です」

「どうして?」

「俺の命が危険に晒されかねません」


 男子ってのはそんなに嫉妬深いのかと言ってるが、高嶺の花を手に入れたいのは皆一緒。その中でどう見ても釣り合いの取れない俺。ぶち殺して無かったことにしたくなるだろ。

 そう言うリスクがある。


「命の危険って、幾らなんでも」

「自身の価値をもう少し理解された方が」

「ねえ」

「はい」


 敬語をやめろ、と言ってるのに、何で使い続けるのかと。

 自分は決して偉いわけでもない、一般的な生徒のひとりでしかない。敬語を使われる理由も無い。むしろ距離を感じるから、対等に接して欲しいと懇願された。

 懇願する時の表情が、やっぱり愛らしさ満点だ。多くの男子を虜にするだけのことはある。

 思わず気持ちが揺らぐが、偽装恋人の件、タメ口の件共々無しで。


「偽装もタメ口も無しでお願いします」


 なんで悲しそうな表情になるのか。眉尻下がって口までへの字。


「勝手に告白して断ってたら、神様みたいな扱いって」


 そんなの望んで無いと言って、また泣き出してしまった。しゃがみ込んでわんわん泣いてる。

 男嫌いなわけでも無い。恋愛にも憧れる。至って普通の女子なのにと。

 意外だ。

 もっと横柄な態度で男子を見下すものとばかり。今俺の目の前に居るのは、そこらの女子と全く変わらない。むしろ、か弱さまで感じさせる。

 これが鴻池さんの本当の姿なのか。


 泣きながら俺を見上げる、その目が訴えるものって。


「じゃあ、敬語はやめる」

「恋人」

「無理」

「偽装だよ」


 男子からの告白を止める唯一の手段と言って聞かない。

 付き合っている相手が居れば、少なくとも声を掛ける奴は居なくなる。そう踏んでいるようだ。

 だったら。


「その役割は他の男子で」

「常松君じゃ駄目なの?」


 その懇願する目付きはずるい。可愛すぎるんだよ。

 上目遣いで子犬が縋るような。尻尾があったら激しく振ってそうな。


「俺じゃ力不足でしょ」

「そんなことない」

「いや、どう考えても周りが信じないと思う」

「そこは大丈夫なようにする」


 何が大丈夫なのか分からない。

 立ち上がると涙を拭い、俺の手を取って「こうやって繋いで歩けばいい」じゃないって。

 急に手を握られて焦る。鴻池さんは気にもしないで、しっかり指を絡めてくるし。

 本当に気にしてないのかは、定かじゃないけど。


「あと、名前で呼び合う」

「それって」

「名前何?」


 言い難い。

 だが、催促され結局、名乗ることに。


「佑真君だね。あたしのことは綾乃って呼んで」


 知ってる。有名すぎるから。対して俺は女子の間でも無名に等しい。事実、鴻池さんは俺を知らなかったわけで。

 まあ、有名人だし。俺とは本来住む世界が違う。

 あ、でも。


「その程度で恋人だなんて認めるかな」

「だったら、校内で見せ付ければいい」

「え」

「お昼は一緒に。部活も一緒でしょ」


 常に寄り添うように居れば、疑う余地も無くなるはずだと。

 まさか校内で如何わしい行為には及べない。見える範囲で、らしく行動していれば、他の生徒にとって真実を知る由も無い。

 時々、休日に一緒に出歩けば、さらに裏付けとなるのでは、ってのが鴻池さんの案。


「休みもって」

「デート現場を見てもらえれば、誰も疑いを挟む余地がなくなる」


 それって、付き合ってると言うんじゃ?

 ぎゅっと手を握り「じゃあ、今日からね」と言って、顔を近付けると「ちゃんと綾乃って呼んでね」だそうで。

 顔近い。ついさっきまで泣いていたはずなのに、なんで小悪魔の如き笑顔なのか。


「演技してた?」

「してないよ」

「なんで俺」

「なんでかなあ。たぶん、あ、この人ならって」


 それって運命を感じたとかって奴。じゃないの。


「じゃあ佑真君。ひとつやっておきたいことがあるの」


 本読みをしたいらしい。

 今後、部活にも参加するから、みんなのイメージ通り、悪役令嬢をやってもいいそうだ。彼氏役の俺が居ることで、いずれは悪役令嬢なんてイメージは、無くなるだろうと。

 まあ、やっぱり「役」だよな。本気で俺に惚れるわけが無いし。

 俺にメリット、無いよなあ。男子の嫉妬を一手に引き受けるだけだし。


 してやられた。


「あの」

「何?」

「俺のメリットって」

「そうだなあ。あたしを本気にさせれば、何でもできるよ」


 エッチなことも当然できるし、将来的には結婚もとか。

 あり得ない。

 つまり。


「俺にはメリット皆無ってことか」


 右手が離れると俺の口を指で塞がれる。きゅっと押し付けられ「縁があった。他の男子には無かったもの」と言う。

 続けて。


「本気にさせるのが佑真君の役目」


 鴻池さんは見た目を一切気にしないらしい。身長が低かろうと高かろうと、顔が少々崩れていてもいい。外見に拘ってもろくなことは無い、と言い切る。

 外見はどうでもいいが、不潔なのは勘弁だそうだ。俺もそれは嫌だな。頭掻いたらフケが飛び散るなんてのは、男子でも論外だ。


「でもね、成績が悪いのはアウトだから」

「それって学年一位とか」

「そこまで望まないよ。落第しないレベル」


 ずいぶん緩いな。


「あとね、優しさと気遣い」

「無理かも」

「どうして? 好きな相手に優しくしないの?」

「それは、実際にそうなってみないと」


 これも縁と思って、頑張って振り向かせて欲しいそうだ。

 絶対無理だよな。口では理想を低めに言うけど、実際には高い理想を持ってるだろうし。

 大企業経営者の娘なんだから、他の女子より目は肥えてるはず。優秀な大人を見ていれば、高校生なんて少々勉強できても、頼りない鼻垂れ小僧でしか無いでしょ。

 振り向く可能性なんて皆無だ。


 なんでこうなったのか。

 泣き喚くから、つい手を差し伸べたら、なし崩し的に偽装恋人なんて。


 本読みを三十分程度やると「帰ろうか」と言われ、早々に手を引かれAL室をあとにする。

 しっかり手は繋がれている。人目なんて無いのに。


「誰がどこで見てるか分からないからね」


 少しも疑われる行動はしない。疑われた瞬間、自分に男子が群れてくるから、だそうだ。

 弾除けって言葉がピッタリだな。

 互いの教室に一旦戻り鞄を手にすると、一階エントランスで合流し駅まで並んで歩くことに。

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