Sid.4 お嬢様と接した印象

 男子生徒による一方的な話は鵜呑みにしてはいけない。のかもしれない。フラれた腹癒せに悪く言うこともあるのだから。高飛車なお嬢様相手なら、少々の悪口も問題無いなんて。そう考える輩も居なくは無いだろう。

 ほんの少しだけ視線が合う。見た目はいいよなあ。彼女として連れ歩いたら目立つ。ただし、連れ歩くにしてもイケメンに限るだろうけど。俺程度じゃ不釣り合いなんてもんじゃない。

 見た目だけで惚れてしまいそうだ。だが、それは禁忌でしかないからな。


「警戒してる?」


 どうやら俺が敬語を使い、目もろくに合わせないことで気付いたようだ。

 警戒感マックスで接していれば、さすがに気付くよな。

 思いっきり深いため息を吐いて「男子もいろいろだね」とか言ってる。何のことだ?


「こっちの都合はお構いなしに告白するバカ」


 都合ってのはお膳立てってことかな。それができない奴をバカ呼ばわりか。でもなあ、校内でもそれなりにイケメンですら、問答無用で断られたと聞いてるし。趣味じゃないのかもしれないけど、それでも断り方ってありそうな気もする。


「自分を良く見せようとして結果ダサいバカ」


 告白するなら少しでもよく見せたいと思うよなあ。失敗したとしても。


「一世一代の告白、なんて思ってる自己陶酔バカ」


 でもさあ、鴻池さん相手だと普通は、一世一代の告白になると思うけど。


「自分に自信も無いのに、しどろもどろで告白するバカ」


 例え自分に自信は無くても、気持ちを伝えたいって想いが告白に至るだけ、だと思う。それだけ想いを募らせたってことじゃないのか。


「逆に自信過剰で誘えば靡くと思ってるバカ」


 ああ、それは俺も嫌いだ。チャラい奴に多いよなあ。ノリが軽すぎて本気度すら疑ってしまう。軽薄で頭のできも決してよろしくはない。同程度の奴なら意気投合するんだろうけど。


「爽やかさを装う筋肉自慢の脳筋バカ」


 まあスポーツしてると、爽やかと思う女子は圧倒的に多いし。逆に文化部だと根暗と思われたり。屋外で爽やかな汗を流す男子は、鴻池さんには通じないのか。


「知識自慢でマウント取る理屈バカ」


 一応は進学校だからねえ。勉強できる人は多いけど、確かに理屈っぽい奴も多いか。知識自慢も同程度の相手には通じないだろうし。


「見てる部分が丸分かりの変態性欲バカ」


 それは男子にとって酷だ。本能がそうさせるのだから。とは言え、女子は嫌がるってのも理解はする。

 それにしても次々よく出てくるなあ。それだけ告白してきた男子が多いことの裏返し、としても。


「常松君。あたしのこと、どう思ってる?」


 危険人物。憧れる部分はあるけど、それは見た目に関して。とても付き合いたい相手じゃないし、恐れ多くて口を利くのも憚られる。

 雲上人、とでも言えばいいのか。身の程を弁えないとバカ扱いだし。

 正直に言うべきか否か。まあ俺程度なんて、そもそも本来相手にされないし、聞いてきてるなら本心を伝えても問題無いか。


「祟り神」

「は?」

御稜威みいつ、畏怖、悚然しょうぜん


 なんか知らないけど憮然としているようだ。

 暫し呆けていたようで、狼狽え気味だったが気を取り直したか。


「な、何それ」

「言葉通りです」


 軽く俯き腕を組んで「あたしって何なの」とか言ってるけど、その組んでる腕が少し震えてる感じだ。

 目は泳ぎ気味で唇も小刻みに震えてる感じで。まさかショックを受けたとか。

 いや、怒り心頭って奴かもしれない。

 顔を上げ組んでいた腕が解かれると、その表情が酷く落胆していそうな。


「泣くよ」

「なんでです?」

「だから、敬語やめてって言ってるでしょ」


 目頭に湧き上がってくる水滴は、まさに涙かもしれない。

 なんで?

 泣くほどのことを言った覚えは無いんだけど。


「初めてだから」

「えっと、何がです」

「もう! なんで敬語」


 涙流しながらイライラしてるよ。

 でもさあ、告白すれば祟り神で間違いなくて、御名みなあまねく照らす神の威光の如し。身近に感じられず畏れ多い存在って奴だと思う。対峙すると分かるけど、やっぱり恐怖すら感じるわけで。

 まあでも、ここでバッタリ会った時より、今はかなり慣れた感じはする。こんなことを考えられるんだから、少しは余裕が生まれたかも。

 あと、やたら敬語を嫌がるけどさ、身分差は埋めがたい。

 雲上人だよ。神様にタメ口? 無い無い。


「祟り神とか御稜威みいつって、荒御霊とか神の威光でしょ。そんなこと言われたこと無かった」

「悚然もありますよ」

「怖がってるの? なんで? 分かんない」


 恐れさせてるわけじゃない。単に告白されて断ってるだけ。それが積み重なって接し辛い、かもしれないけど、本来の自分はもっと気さくだとか言ってる。

 ちゃんと優しく接することもできるし、気遣うこともするし、相手のことを考えるのも当然だと。普通に接してくれれば、友人として振る舞うのも容易なのに、だそうで。

 自己弁護に余念がないなあ。でも俺はそうは受け取れなかった。人伝の話からの印象だから真偽は定かでないにしても。


 がっくり項垂れて床に涙がポタポタ。すっかり肩も落として、ああ、そうか。祟り神ってのはさすがに堪えるよなあ。神様仏様程度に留めておくべきだった。


「祟り神だけ無かったことにします」

「違うって。敬語やめてよ」


 無理だってば。

 机に寄り掛かって俯いたまま、ぶつぶつなんか言ってる。


「あたしって性格悪いんだ。そんなつもりないのに。断ってたら悪役令嬢なんだ」


 じゃあ、告白を受け入れればいいのか、なんて言ってるけど、それはそれでまた違う気もする。好きでも無い相手の告白は、断って当然だし。

 ただ、断り方ってあると思う。

 でもあれか、何度も何度もしつこく次から次へと、のべつ幕なし来れば、腹も立って来るのかもしれない。俺には経験が無いから分からんけど。


 顔を上げると畏れ多い言葉が発せられた。


「試しでいいんだけど、あたしと付き合ってよ」


 一瞬、何を言われたのか、理解が及ばなかったが。

 机に寄り掛かっていたが、俺の正面に立つと「付き合ってみれば、人となりは分かるでしょ」って、これ本気で言ってる?

 俺に対して愛情の欠片も無いでしょ。さっきまで名前すら知らなかったんだし。

 お付き合いって、そう言うものじゃ無いと思うし。


「無いです。さっきも言いましたが絶対無いです」


 一瞬呆けたと思ったら柔和な表情になり。


「あ、ごめんね。言い方悪かった」


 察した。付き合うってのは友人枠。早とちり。

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