Sid.3 性格最悪と思ったが
夏休みまで二週間となった金曜日。
昨日の部活でAL室に忘れ物をした、と気付いたのは今日の午後になって。
途中まで書き上げた台本のコピーを置きっ放しにしてた。スマホやタブレットに入れる、なんてのは読む上で面倒だから、紙にプリントしてあるわけで。
完成してないのはシナリオが途中で、二転三転しやり直してるせいだ。
他の人に見られて困るものでは無いが、ネタバレも含むから、あとで取りに行くことに。
来週からは期末考査もある。部活が無いから置きっぱは不味いよなあ。
授業が終わりクラスの連中に絡まれた。
「常松さあ、声優部に鴻池さん在籍してるんだろ」
居るけど居ない。幽霊部員なんだから。
「籍だけ」
「来てないのか」
「幽霊部員だし」
「じゃあ、頼んでも無理か」
何を頼みたいのか、と言えば、さては君は勇者だな。
告白したいのか。いい加減、心を折られるって分かってると思うんだが。悪評もちらほら立ち始めてるし、幾ら顔が良くても性格が最悪って、思われ始めてるし。
男嫌いって噂もあるくらいで。
「勇者?」
「えっとだな、まあそうなんだけど」
「やめた方が」
「分かってるけど、一縷の望みって奴」
まあでも、俺に呼び出して欲しい、なんて言っても無駄だけど。接点無いし。
「まあいいや。女子に頼んでみる」
「そうか。頑張れよ」
「おう。せいぜい玉砕してくるわ」
わざわざ抉られに行くのか。俺にそんな度胸は無いな。
少し時間を取られたが、AL室へ向かう。本棟とは別の棟にAL室があるから、一度外に出ないと行けないんだよなあ。エントランスホールを抜け、狭い校庭側に出ると目の前に別棟がある。
正面口から中に入り右手に進むと、お目当てのAL室があり、ドアに手を掛けるが中から声が聞こえてきた。
おかしいな。今日は部活も無いし生徒は、別棟には居ないはずだけど。
耳を澄ませてみるとドア越しに、くぐもった感じの声が聞こえてくる。
『なぜ私が、こんなことをしないといけないんですの?』
うん。棒読みのセリフ。これってあれだ、台本の悪役令嬢のセリフ。そして声質から声の主も分かった。間違いなく、あれだ。幽霊部員が来てる。
ドアを開けるかどうか悩む。
どんな反応に至るか分からないからだ。未知との遭遇だから。
『鬼ってなんですの?』
しっかし、セリフが陳腐だ。ですの、なんて普通言わないよなあ。でも、庶民が思い描くお嬢様のイメージってことだし。鴻池さんって、本当にお嬢様だけど、ですわだのですの、なんて言わないし。世間がイメージするお嬢様って、申し訳ないけど笑うしかない。
『勇者様が私に同行して、こ、くださるの? まあ、それはとても光栄ですわ。わ。』
セリフ噛んでるし。思わず笑いが込み上げてきた。
『誰?』
あ。
と思う間もなくドアが開き目が合った。
目の前にモノホンの悪役令嬢が居る。少し下から上目遣いで見られてるし。なんか猛烈に怖い。睨まれてるよね、これ。どんな罵詈雑言が飛び出すのか。
どうしよう。
逃げるか、それとも。
なんて思っていたら。
「は」
「は?」
「恥ずっ!」
え?
顔を真っ赤に染める悪役令嬢、じゃなくて鴻池さんが居る。ここまでの声は可愛らしい。
勢い俺の手を掴まれAL室に引き込まれ、ドアがあっと言う間に閉じられるし。
室内を見回すと他に誰も居ない。つまりは鴻池さんと二人きりの空間。息が詰まりそうだ。
掴んでいた手を離したようだ。
次の言葉からは低音でドスが効いてる。
「なんで?」
「え?」
「あなたのクラスと名前」
俺?
一応名乗るべきなんだろう。とは言え、このあとの大惨事を考えると、知らぬ存ぜぬを通したい気分だ。
「えっと、二年二組の常松、です」
腕組みしたかと思ったら、背を向けて「今見たことだけど」と言う。
「公言しません」
「声優部?」
「あ、そうです」
「何で敬語なの?」
だって、怖いから。タメ口でキサマ捻り殺してやる、なんて言われたくないし。ここは平身低頭遜った方が。
でも、こっそり台本読んでるとか、実は参加したいのかも。入部したものの男子が邪魔で、活動に参加できない。でも本心では活動したい。だからこっそり放課後の部活の無い日に。
でも余計なことは言わない。藪蛇になりかねないし。この手の人とは距離を取るに限る。目は逸らすべきだな。見ていたら絶対「何見てんだテメエ」なんて言われかねないし。
「ねえ、この台本だけど」
「はい」
「だから、なんで敬語?」
怖いからだっての。あとで口汚く罵られて、心を折られるなら敬語で接するべきでしょ。
「敬語はやめて普通に話せないの?」
無理だっての。
なんか、ため息吐いてる。
「あたしの悪評、どこまで広まってるんだろ」
なるほど、これまでの行状から自覚する部分はあるのか。口汚く罵ってるから。
台本を手にすると「あたしって悪役令嬢そのままだね」とか言ってるし。でもね、と俺の目を見て何やら口にする。
「見た目に釣られて告白され続けたら、嫌になると思わない?」
次から次へと男が目の前に現れて、好きだの愛してるだの、付き合ってくださいだの。いい加減、辟易しているのだとか。
そうなると返事するのも面倒くさいわけで。結果、顔洗って出直してこい、ってのを厳しく冷たく言い放つ。更に自分の顔を鏡に映して、釣り合う状態にしてから声を掛けろと。もうひとつ追加で会社を経営してからにしろと。
ひとしきり喋ると深呼吸して。
「常松君だっけ? あなたも告白とか」
「無いです」
「即答?」
「無いです、絶対に」
そこまで言わなくてもって、少し落ち込んだ感じになってる。なんで?
俯き加減で「絶対とか言われると、逆に落としたくなるよね」って、どうしてそうなるのか。まさか、靡かない男を跪かせるのが趣味とか。簡単に告白する奴は眼中に無くても。
顔を上げると「この台本だけど」と本題に戻りたいのか。
「未完成です」
「なんで」
「シナリオが二転三転してるからです」
「ねえ、敬語、やめない?」
同級生なのに敬語とか、まるで虐めてるみたいだと。ましてや同じ部に所属してるのに、そんな話し方をされると傷付くとか。
いやいや、あんたがどれだけの男子の心をへし折ったか。
自覚あるでしょうに。
「男子と距離取りたいわけじゃないんだけど」
「仰る意味を図りかねます」
「だから、それ、やめてくれない?」
浮かれて接近してくる男子は排除したいが、話をしたくないわけじゃないと。
もしかして凹んでる?
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