Sid.1 男子の心折るお嬢様

 生徒の総数千二百七十人で、男子が五百六十人で女子が七百十人。女子が多い共学の私立高校だ。入学後一年次は共通。二年次以降は選択となり進路に合わせ、文系特進、理系特進、国公立理系文系などコースを選ぶ。俺はと言えば二年次になった際、文系特進を選択している。

 語学、特に英語には力を入れているようだ。短期、中期の留学制度もあるし。俺は利用する気が無い。海外生活を経験した方がいい、とは言われているけど。まあ、選考テストがあるから、合格しないと行けないのだが。


 そんな高校生活も二年目に突入し、女子が多いことから恋の花開く、なんて思ったのだが。

 なんもねえ。

 ついでに。


「またかよ」


 男子生徒から口々に漏れ出る言葉。

 同学年に、ひと際目立つ美しい女子生徒が居る。聞けば某大企業経営者のご令嬢とかで。そんな女子が何で共学校に通っているのか。一般的には女子校に通うものだと思うのだが。共学校だと手垢塗れになるからな。

 お嬢様は清廉にして清楚、慈愛に満ち溢れ気高くあれ、だ。


「泣くな。例え玉砕したとしても、お前の勇気は誰もが認めているぞ」


 今日もまた玉砕した男子が、机に突っ伏し号泣中だ。周りを慰める男子が囲む。それを呆れ気味に見る女子が居て。

 これまた聞くところによると、外見はパーフェクトなのに性格に難ありとか。

 ただ、やはり見目麗しい女子には心惹かれるわけで。ぜひ隣に立ちたい、と願う男子は後を絶たず。


 君ら、学生の本文は勉強だ。色恋沙汰は卒業してからでも間に合うぞ。なんてことは言わない。あわよくば俺もご相伴に与りたい口だからな。

 女子生徒の数が多いのだから、出会いの機会も多いと踏んだが、事はそう簡単では無かった。


「引き立て役は多いんだけどなあ」

「本命が」

「天は二物を与えずは、ここでも健在ってことか」


 私立の進学校なんてのは、顔面偏差値の高い女子は来ない。つまりは、言葉にしてはいけない類の女子が多数。まあ男子もまた面構えには言及できないな。

 勉強できて賢いんだろうけど、なんて言うか、もう少し。

 失敗した。程度のいい公立校なら、なんて後の祭りでしかない。


「やっぱ本命が」

「でもなあ」

「尽く玉砕して精神を破壊されてる」


 男子が必ず口にする女子が居る。

 例の性格に難あり女子だ。目立つ外見と立ち居振る舞いの優雅さ。そして何より夏服を着ている時の、胸元のボリューム感は思わず拝みたくなる。


鴻池こうのいけさんって、顔は最高なのに」

「性格がなあ」

「心を折るのが得意だよな」


 鴻池綾乃。筋金入りのお嬢様かと思いきや、女子同士の会話を聞いていると、実に気さくで愛らしい一面を持つ。これがまた笑顔が素敵すぎて男子の目を釘付け。

 その他大勢の女子が呆れるほどに、男子の視線を集め捲るわけだ。

 俺の場合は一点に目が向いてしまうが。だが、そこだけに非ず。どこを見ても完璧だ。完成度の高さはトップアイドルを凌駕してるぞ。


 ファンクラブまであるからな。

 もっとも本人からは非公認ゆえに、密かに男子の間で推し活中だ。


 時に勇者が現れ告白し、そして机で号泣する状態に至る。

 何を言われて心を折られるのかは知らない。語らないのだ。誰も。語れないほどに凹まされたのだろう。南無。


 ただ、男子への風当たりの強さを見るに、どうも男嫌いの傾向が見て取れる。


「口がなあ」

「悪過ぎる」

「死者であっても鞭打ちそうな」


 そう。男子に対しての口の悪さ、態度の悪さがある。

 見た目に反して優しさの欠片も存在しない。ツンデレ、なんてのも、ヤンデレなんてものでもなく、ただのツンオンリー。

 しかも突き刺し吊るし上げ、はらわた抉るほどに強烈らしい。

 くわばらくわばら。近寄っちゃいけない存在かもしれない。


 分相応を心掛け、無難な女子を選ぶのが吉なようだ。

 多数居るけど俺に甘い青春は来ない。


 でも女子がダサい。女子がダサくなる理由は明確だ。

 校則が厳しすぎるからだな。私立校の多くは校則が厳しい。公立校は偏差値が高いと、校則も緩みがちだが私立は違う。バカみたいに締め付けが激しいのだ。

 勉強だけに打ち込め、と言うメッセージと受け取っているが。

 そのために高い学費を払ってるのだから、まあ当然と言えば当然か。


 結果、ダサい。公立校なら学校によっては化粧も染髪もできるのに。ひとり残らず真っ黒な髪色。髪型もストレートでショートからセミロングまで。前髪パッツン。個性の無さは壊滅的だ。

 ただし、女子の制服だけはブレザースタイルで、ネクタイかリボンを選べて、可愛らしいデザインのものだ。服だけか。


 しかし、それでもなお、輝く存在が件のお嬢様なわけで。ベース部分がしっかりしてるからだ。造りが違う。ひとつひとつのパーツの形状も。

 そりゃ目立ちもするか。


 授業になると電子黒板にタブレット。

 ICTを推進するだけあって、ペーパーレスが至る所で進んでいる。生徒手帳は相変わらずの紙だけどな。スマホに収納すればいいのに。

 テストもオンラインで出される始末だ。各端末はサーバーに接続され、遊んでいると即座にバレる。時々授業中にPDFを加工し、落書きしている生徒が居て、電子黒板に晒されることも。

 アホだ。繋がってることを意識しろ。


 全ての授業が終わると課外活動の時間になる。

 あまり活発では無いな。勉強が全ての学校だけに、部活なんてのはあくまで息抜きだ。真剣に取り組めば勉強にも支障が生じる。特に運動部は。

 文化部は活動の種類によっては、勉強の延長みたいな奴もある。


 俺はと言えば声優部だ。作画をする連中と役者に分かれてる。作画する連中は他の高校なら、漫研とかアニメ研なんてのに所属していたのだろう。楽しんで活動してるぞ。VTuberなんてのも取り組んでるし。ボイスチェンジャーを使えば、男子が女子になりきれるし。中の人ってのは、もはや性別不明だ。

 そして俺もまたアニメ好きだし、実際に声優にはなれずとも、雰囲気だけは楽しめるってことで。

 その声優部だが、名簿に名前だけ記載があって、活動実態の無い生徒が一名。


「今日も来ないのか」

「名前だけだと幽霊部員だよな」


 やたらと可愛い声の持ち主で、見た目の印象のまんま。


「鴻池さん。出てくれないかなあ」

「だよなあ。せっかくの可愛い声なのに」


 俺も最初に名簿を見て驚いた。まさか声優部に所属してるなんて。

 実はアニメ好きなのかとか。

 でも、一度も活動してるのを見たことがない。

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