第15話

 王城へ戻った私の部屋へ王妃が訪れ、言われた通りしたけどね……と、何とも気の毒そうな表情をしながら歯切れ悪く伝えてきた。そのまま王太子の元へも報告へ行くかもしれないわね。まぁいいけど。

 そして、王妃が出て行った後、すぐ女官長に連れられ1人の女性が入ってくる。

 そう安々と王妃に会えるなんて事があってはいけない為、王妃が遠ざかるのを伺っていたのだろう。しかし、連れられてきた女性は中に入ろうとせず、女官長が無理やり押し入れた形となった。


「あ……あぁ……あ……」


 女性は今にも零れ落ちそうな程、目に一杯の涙を貯め、顔面は蒼白。身体を震わせ、かろうじて立っている状態だ。


「あら。折角王城で行儀見習い出来るようにしてあげたのに……それじゃ台無しよ?――ミルム伯爵令嬢」


 声にならない悲鳴を上げ、目からは涙が溢れ出し、伯爵令嬢の頬を濡らした。一度流れ出してしまえば、次から次へと止まる事なく溢れ出しているが、女官長はそれでも微動だにしない辺りは流石だと思う。……腹の中は分からないけれど。

 家に閉じこもられては、こちらとしては打つ手がないと思った私は、伯爵令嬢を行儀見習いと王城へ……私の元へ呼ぶ事にしたのだ。例え強硬手段だとしても、卒業パーティまでの日数を考えれば、権力に訴えても仕方がないと私は思う。

 女官長に下がるよう手で合図をすれば、礼をして素早く女官長は退室した。


「いやぁああああ!!!」


 私が人払いのように女官長を退出させた事に気が付いた伯爵令嬢は、その場で膝を付き、私へ頭を垂れる。

 貴族令嬢らしからぬ状態だけれど、これは周囲から見れば私が悪役令嬢っぽくなっているのかしら?女官長を残しておけば良かったかしら。悲鳴だけは廊下にも響いているかしら。

 なんて色々考えていたのだが、伯爵令嬢の耳をつんざくような叫びが継続している為、嫌でも思考は途切れてしまう。……うるさい。


「申し訳ございません!申し訳ございませんでした!許して下さい!!」


 まぁ、そりゃ……ね。

 階段から突き落とされた上に、こうやって私に呼び出されたら怖くもあるだろうけれど。必死に許しを請うてくるのは、事実無根な噂を流していたという自覚はあるという事だろう。


「……私は嫉妬に狂って虐めをする悪役令嬢らしいので……?」


 首を傾げて問うてみると、伯爵令嬢は頭を床に擦り付けた。


「ごめんなさい!ごめんなさいごめんなさいごめんなさい!!」

「何をしている!!」


 良いタイミングで王太子が入ってきて、泣き叫ぶ伯爵令嬢の側へ駆け寄る。王妃からの報告を聞いて、急いで駆けつけてきたのだろう、多少息が上がって汗が滲んでいるのが見て取れた。

 ノックもなしにドアを開けるなんて、どれほど無礼な事なのか。

 礼儀のなっていない王太子に呆れるも、それに気が付いていない王太子は伯爵令嬢の肩を掴んで頭を上げさせようとする。


「アメリア、行こう」

「申し訳ございません!申し訳ございませんでした!許して下さい!申し訳ございません!!」

「アメリア!!」


 王太子の手を払いのけ、頭を下げ続ける伯爵令嬢に焦り、王太子は怒りを隠す事なく私を睨みつける。

 ……そんな態度を出来る立場でもないでしょうに。これが真実の愛だとすれば本当に恐ろしい事、と冷静な私は婚約破棄を突きつけられる事を楽しみに見ていたのだが……。


「どれだけアメリアを虐めれば気が済むのだ!この性悪女が!」

「……」


 そんな言葉が聞きたいわけではない。

 むしろ、帝国皇女を罵るよりもする事があるだろう。というか不敬だけを働き続けて何になるというのか。

 いっそこちらから破棄を申し出たい。本当に申し出たいのだけれど、契約が……。悠々自適生活が……。

 私は怒る事もなく、ただただ呆れていれば、伯爵令嬢は謝り続けて過呼吸のようなものを起こした。


「アメリア?アメリア!?」


 王太子は伯爵令嬢を横抱きに抱えると、こちらに目をくれる事もなく扉の方へ歩んでいった。


「王宮医を!私の部屋へ連れていく!もうこの部屋には近寄らせない!」


 王太子が周囲へ声高に宣言しているのを聞いて、ベルとジェンから溜息をつく音が聞こえた。

 ……婚姻前に自分の部屋へ連れ込む豪胆さ。自室へ連れ込んで匿うという事が、どういう事になるのか理解できていない頭なのね。醜聞にしかなりえないのだけれど……真実の愛というのは、何と都合の良いものなのかしら。

 これだけの騒ぎならば、国王と王妃の耳にも入るでしょう。特に王妃は分かっていて王太子に報告したのは確実だ。あとは二人の出方を見てみたいけれど……。


「……戦争回避、できますかね?」


 ポツリと呟くジェンの言葉に、やりすぎたのかもとは思ったけれど、反省や後悔は一切しない。

 私がやりすぎたというより、この国が不敬を働き過ぎただけ……咎めもしなかったけれど。私には、どうでも良い他人に釘を刺したり教えたりする面倒な優しさなんて、持ち合わせていない。




 ◇




「……良いのか?それで……」


 数日後、ドレス等の件でレストルズ商会を訪れた私は、ガルムに呆れられていた。

 採寸も終えていて、前回のパターンもあるとは言え、今回も最短で頑張ってもらう事になるのだけれど、それ以上に頭が痛い問題だとガルムは唸っていた。

 それはそうだろう。あれから国王や王妃は王太子を咎める事もしなければ、私に対して謝罪する事もなかったのだ。静観しているつもりだろうが、これはもはや放置でしかない。悪い事の問題を先延ばしにしたところで解決なんてしない事を理解できていないのか。


「必要最低限以外は帝国へ運びましょうか。利益ありますし」

「あ、高級なものは帝国へ先に送りましょう。あちらの方が売れます」


 話を聞いていた商会の従業員達は、矢継ぎ早に行動を起こす。……戦争はしないと言っているのだが、ある意味でこの国を見捨てているようだ。


「舞台通りならば、最高の卒業パーティの時に婚約破棄するでしょうね。最高の舞台にしないと」

「……何をするつもりだ?」

「もうベルに用意は頼んであるの!」


 まぁ、卒業パーティでも婚約破棄を言い渡されなければ、私は嫁ぐより戦争を選ぶかもしれないが……ギリギリまで諦めるつもりはない!それは打つ手がなくなった時の最終手段だ。

 どちらにしろ卒業パーティというのは色々な意味で最後なのだから、楽しまなくては損である。

 私は満面の笑みで、準備している内容を話せば、ガルムは顔をひきつらせた。


「という事で、最高の舞台を最高の場所で見せるから、当日は私をエスコートしてね」

「いや、恐れ多いだろ!」


 流石にまた1人で入場するのもつまらないと声をかければ、即座に断られた。


「…………断る事が、よね?」


 ニッコリと圧をかけるよう微笑んで言えば、ガルムが怯んで従業員に助けを求めるかのように視線を向けたが、従業員達は静かに頷いた為、諦めたように肩を落として頷いた。

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