第14話
ドンッ!
教室へ向かう階段を登り終え、角を曲がった瞬間、身体に衝撃が走り思わずよろめいた所、ジェンが直ぐに支えてくれた。
「お嬢様!」
「いたぁいっ!」
すぐに体制を立て直し、甘ったるい声を出した衝撃の原因を見る。ジェンやベルが殺気溢れる程に睨みつけている衝撃の原因は、王太子の恋人である伯爵令嬢だった。
淑女らしくなく、お尻と両手をついて、すぐに起き上がる事なく涙目となっている。
……みっともないと思わないのかしら。
いつ起き上がるのだろうと伯爵令嬢を見ていれば、いきなり私を睨みつけてきた。
「突き飛ばさなくても良いじゃないですか!足を痛めてしまったわ!」
教室に向かおうとしていた周囲の視線はこちらに向き、事実の確認をする事もなく、皇女が伯爵令嬢を突き飛ばしたと話始めている。あまりに瞬間的だったから目撃者は居ないのかしら。
……私が突き飛ばしたと?それが虐めになるのね?……なるほど。
「リズ!いい加減にしろ!」
「ロス~!」
突き飛ばすなど淑女らしくないが、それは虐めになるのか、と学んでいた時。またしても王太子が怒りながら走り寄り、伯爵令嬢を抱きかかえ起こした。
……恋人とはいえ王太子を呼び捨てとは、色んな意味で凄いわね。婚姻という決定的なものを交わしていない以上、王族を蔑ろにしているようなものなのに、周囲はそれまでも受け入れているのか。
「あ、足が……」
「なんだと!?」
伯爵令嬢の声に、王太子は親の仇を見るような目を私に向ける。
周囲には教室へ戻ろうとしていた、もしくは戻っていた観客達。これから授業が始まるという時だから、人は大勢いるわ。さぁ、婚約破棄を申し出なさい。
「お前には人の心がないのか!?帝国での淑女教育はどうなっている!」
「……」
帝国皇女に向かって、お前ときたのね。というか、それを言うなら貴方の方はどうなのだという話なのだけど。
挨拶云々を抜きにしても、返事を返す気力もない言葉に脱力する。私が欲しいのは婚約を破棄するという言葉なのに。
いつまでたっても言わないのね……ならば。
「なんだ!?」
ツカツカと、無言で王太子の方へ向かうと、王太子は一瞬身を竦めた。その隙を狙って、私は伯爵令嬢の手を引いて階段の方へ寄せ、そのまま突き飛ばした。
ドンッ!
「アメリア!!」
間一髪、王太子が伯爵令嬢の手を引いて、階段から落ちるのを阻止して抱きしめている。
伯爵令嬢の方は何が起こったのか分からなかったように呆けていたが、自分の身にあった事が理解できたのか、瞬間的に青ざめて震え出した。
「あ……頭がおかしいんじゃないか!?」
王太子は、異様な者を見るような目つきで私を見て、そう吠える。王太子自身も、少し身体が震えているのが見て分かる程だ。
周囲もあまりの出来事だった為、呆気に取られていたが、王太子の声で正気に返れば騒めきだした。
「帝国の人間は何て冷たいんだ」
誰が言ったか分からない言葉だが、その声を皮切りに、帝国の人間は冷たいんだと皆が声を揃え始めた。そして、王太子を英雄のように、伯爵令嬢を被害者のように語り出す。
確かに帝国では、こんな規則も全て無視したような慣れあいはしない。そして、きちんと礼儀があり、それに対する罰則もある。だからこそ……。
「戦争よりは良いでしょう?」
これだけの不敬を犯している自分達はどうなるのだ、という意味を込めて言えば、周囲の声はピタリと止んだ。
呆気に取られるもの、青ざめて震えるもの、何を言っているのだと言わんばかりに顔をしかめているもの等、様々だ。あまり表情へ出すものではないというのに。
「突き飛ばすのが虐めなのでしょう?でも、突き飛ばすだけなんて、生半可ではなくて?」
冷たい帝国人らしく言い放ってみる。
突き落とすだけでは物足りなかった?とワザとらしくベルに訊ねてみれば、ベルも生ぬるいですね、とノリノリで返してきた。
こんな冷たい帝国人とは、婚約破棄しなさい。むしろ、婚約破棄しろと周囲から声は上がらないのかしら。
そう考えながら周囲を一瞥してみると、私と視線を合わせたくないのか、皆視線を下げた。
呆れつつ王太子と伯爵令嬢の二人に視線をやると、震えるだけの王太子とは裏腹に、伯爵令嬢の顔色は青を超えて真っ白になった。
「ごめんなさい!!!!!」
「アメリア!?」
伯爵令嬢はいきなり声を上げて謝罪したかと思えば、猛スピードで駆け出して行った。一瞬呆然としていた王太子だが、我に返るとすぐさま伯爵令嬢の後を追いかけて行く。
いきなりの敵前逃亡に呆れたくもなるし、婚約破棄を言ってもらえなかった悔しさもあるけれど……逃げるのは分かる。
だって、私が虐めていない事も、突き飛ばしていない事も、伯爵令嬢自身が一番よく理解しているのだから。それでも、私は目標の為に手を緩める事はない。
それに、真実の愛を邪魔する私を望んだのは、伯爵令嬢だけではないだろうから。
翌日から伯爵令嬢が学園へ来なくなった。それを知った王太子は毎日のように伯爵家へ行っているようだが、会えていないという噂が聞こえて来た。
周りの人達も、私が近くによるだけで逃げ出すようになった。……同じ教室の人は何とか息を殺して耐えているようだけれど。まぁ、少し怯えられているかな位で、私の方は全ていつも通り。
そして新しい作戦を実行へと移す為、報告を兼ねて中庭へと向かう。
「……最悪、打ちどころが悪かったら死ぬぞ?」
「あ、そうね。そういう事もあるわね」
ガルムだけは話を聞いた所で、いつも通り私と変わらない対応をしてくれた。どうせあれだけ不敬を働いていたら処刑でもおかしくないけれど、自分の手で下すのとは、また訳が違うだろ、と声を荒げて言われた。
その言葉に、ベルとジェンも何か気が付いたよう、目に見えて落ち込んでしまった。私を焚きつけたり、止められなかった事を悔やんでいるのだろう。確かに私も考えが甘かった……けれど、悪いと思ってはいない。反省もしていないし後悔もしていない。
そんな私の考えを見抜いているのか、怒るのも無駄だとガルムはため息をついた。
「じゃあ、私はしばらく学園へ来ないから」
「あぁ、ドレスの件だけ、また商会の方へ来てくれ。話は通してある」
完全予約制と言いつつ、何だかんだ書類を手伝っていたりもした為か、来たら書類を手伝ってもらえると思っているのか。どうせいつでも誰か居る為、声かけてくれ状態になっている。
そして、私はしばらく学園へ来ない……だって、このまま伯爵令嬢を逃がしておく気はないのだから。学園へ来なければ問題ないと思ってもらっては困る。卒業パーティはもうすぐなのだから、何としてでも婚約破棄をしてもらわなければ、私の悠々自適辺境スローライフ生活がなくなってしまう。
「さて。王妃は準備をしたのかしら」
ガルムへ報告を兼ねた話も終わった事だし、私は王宮へ戻る。
私の中で、王妃も頭悪い認定だからこそ、きっと何も考えず私の要求を呑んでいるだろう事を想定しながら……。
「他の事も影から手配しております」
ベルが悪い笑みで言う。持つべきものは有能な部下だ。
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