第13話
「うぅうう……」
「大丈夫?アメリア」
「ほんっと!酷い女よね!」
ベルの目論見通り、噴水でインクの汚れを落とす伯爵令嬢を発見する。着替えは……まだのようだ。まぁ、あの制服はもう着る事が出来ないけども。
泣きながらハンカチを濡らし、必死で自分の髪を拭いている。周囲に居る友達二人も一緒になって拭いているが、インクの汚れだからか、なかなか落ちない。
「お嬢様、行きましょう」
楽し気に声をあげ、バケツを手に立ったベルは、瞳を輝かせているように見える。……まぁ、やっと仕返しが出来るとでも思ってそうだ。そして、その変な匂いに気が付く。
「……これは?」
「汚水です。不浄の場所を掃除してきました」
……何てこと。
掃除までして手に入れてきたという、この徹底ぶり。私よりもベルの方が素質あるのではないか。……いや、虐めの素質なんて誰も欲しくないわね。
「ひっ!」
「きゃっ!」
気を取り直して、私は伯爵令嬢の方へ歩み寄れば、お友達だろう二人は顔を青くさせて小さな悲鳴をあげたが、伯爵令嬢は思いっきり私の方を睨んでいる。
睨む程度なら私に害はないと、そのまま歩み寄り、ベルへ対し目で合図する。
バシャンッ!
「……え?」
「臭っ!」
「何これ!?」
ベルにバケツの水を駆けられ呆然とした伯爵令嬢だが、隣に居た友達はすぐ匂いに気が付いて距離を取った。
「インクを取るお手伝いをしようと思いまして……」
「お嬢様、不浄場の汚れた水でした」
……掃除した水ではなかったの?
ベルの貯め込んだ静かな怒りに少し驚きを感じる。ベルを怒らせると、こういう事になるのだと、しっかり覚えておかないと……。
「きゃああああ!!!!」
「私達にもかかってしまいましたわ!」
「ひ……ひどいぃいい!!!!」
ベルの言葉に、友人だろう二人は悲鳴をあげ、スカートにかかってしまった場所を広げて嫌そうにする。
頭から思いっきり水をかけられ、ずぶ濡れになった伯爵令嬢は涙を流し始めたが、誰も近づこうとはしない。
まぁ、汚水にまみれていて匂いもするから当然だろう。
「ひ……ひどいです!私が何をしたって言うのですか!?あ……あんまりじゃないですか!」
……何をしたのかも理解していないというの?
まぁ、周囲に居る誰もが教える事もできない程だから、自分の行いを悔い改める機会など与えてもらえないでしょうね。
「アメリア!どうした!」
私が呆れ果てて言葉も出ず、ただ伯爵令嬢を軽蔑の眼差しで見ていたら、王太子の声が聞こえ、こちらに駆けてくるのが視界の隅にうつった。
王太子は伯爵令嬢の匂いや汚れも気にする事なく抱きしめると、私の方を睨みつけた。
「リズ!一体何をやっているんだ!」
「……」
未だに挨拶1つしていない相手に、いきなり名前を呼ばれるという不敬。扇で口元を隠しながら、今すぐにでも悪臭酷いこの場から立ち去りたい所だが、今ここで婚約破棄されるのではないかという楽しみを胸に秘めて王太子の行動を眺める。
伯爵令嬢は涙を流して王太子の胸元へ顔を埋めている。……王太子の服も、インクと匂いで、もう駄目ね。
「帝国皇女だからと言って、嫉妬に狂いこんな事を!身分を笠に弱い者いじめをするなんて本当に見損なった!」
「…………?」
思わず、首を傾げる。
どうせ噂を信じているのだから今更ではないか?私をそういう人間だと思っているのだろう?見損なったのは今更ではない筈だ。早く婚約破棄をしてくれないだろうか。期待に満ちていた私の胸の高鳴りは、一気に急降下していってしまった。
「婚約者だからと言って、やっていい事と悪い事があるだろう!」
その言葉で、私は踵を返した。
王太子の言葉に一言も返す事なく。
「おい!?」
王太子の慌てる声が背後から聞こえるが、私が聞きたいのはそんな言葉ではないのだ。潔く婚約破棄だ!とでも言ってくれたのであれば、ただ一言「了承しました」とだけ返すつもりだったのだ。挨拶云々も関係なく。
……それが何だ。そして婚約者である事はしっかり認識している事をいちいち口に出して、自分の無様さを私に見せつけてどうするのだ。
そもそも私が一言も返していない……というか挨拶すらしていない事に気が付いても居ないのか!?
「まだ足りないようですね」
「不浄の汚水はきついぞ……」
ベルは次の作戦を楽しそうに考え始めたが、ジェンは匂いを思い出したのか、顔を青くさせていた。
……私も汚水は勘弁願いたいわ。というか、汚水にまみれるなんて一生体験する事なく終わりたい。
「さすがに汚水はなぁ……しばらく噴水が封鎖されたぞ」
「おかげで噂が更に加速したようで!」
「悪い噂で喜ぶのは、大陸中探しても皇女様くらいのものじゃないか?」
ガルムが呆れたように言うが、私としては別に何とも思わない。舞台の通り、二人の邪魔をして早く婚約破棄を言い渡されたいだけだし、正直あれだけ蔑ろにされてきた不愉快の解消という部分もある。
噂が加速した所で、今回に至っては事実な為に広げられても不敬だと不愉快に感じる事もない。最初から私への好感度なんて、なかったようなものだし。
「……戦争に拍車がかからないと良いが」
「私が戻ってから始めると言っているから大丈夫でしょう」
ガルムの心配は、そこだけなのだろう。それも大丈夫だ。
私がこの国に居る状態で攻め込めば、私が巻き込まれる。最悪は人質にされてしまうのだ。だからこそ早く帝国に帰ってこいと言っていたのだから、今の状態で攻め込むわけもない。
……それに、ベルが喜んで報復している事を帝国へ報告していそうだしね。
「もうすぐ卒業になってしまうし、手早く素早く逃がさず婚約破棄を目指さないと!」
「……気を付けろよ?」
皇女だからと言って、何もされないなんて事ありえない。既に不敬は沢山されている。万が一を思ってガルムは言ってくれたのだろう。
その言葉に私だけでなく、ベルとジェンもしっかり頷いた。
「あ、またドレスをお願いするわ」
「既にデザイン画は用意してある」
王太子が用意するわけないと理解しているガルムは、私が卒業パーティに向けて、また依頼すると見込んでいたのだろう。
流石という思いを込めて微笑み、ガルムとは別れて教室へ向かった。
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