第12話

 戦争をすれば、国境沿いは確実に被害を受ける。というか辺境なんてしばらく復旧作業で人が住める状態でもなくなるだろう。ロドル王国とは違う方向にある辺境で住めば問題ないだろうが、そもそも戦争の後は復興作業だ。

 大なり小なり被害は出るし、帝国が勝つのは分かり切っているが、その後ロドル王国側をどうするか。というか、そもそも属国なので、そちらの復興も帝国が行う事になる。

 ……人手も、食料も、多大に必要よね。そんな中で私がのんびりスローライフ生活を送れるわけがない。戦後数年は大変だろう事が目に見えている。勿論、帝国民にだって少なからず影響を与える。


「鬱陶しいくらいに王太子殿下の視界へ入り込んで、婚約破棄を宣言させようかしら」


 戦争されるくらいなら、いっそ嫌がらせを行ってみようと思える。まぁ、まだこんなのは可愛らしいものだ。というか、既に虐めをしていると噂されているのだから、今更ではないか?


「帝国には帰らないわよ」


 既に私の意思をしっかり理解したベルとジェンがしっかり頷く……けれど、納得はしたくないのだろう。


「不敬にも本当、限度がありますけれどね」

「馬鹿は馬鹿のままで馬鹿でしかないから関わりたくないというやつだな」


 学園へ行く準備をしながら、二人はそんな事を言っている。

 ……関わりたくないどころか視界に入れたくないのも理解しているし、何ならこちらから婚約破棄を叩きつけても十分なんだけれど……。私は一生面倒を見てもらい悠々自適な生活をしたいのだ。だからこそ自分から婚約破棄を言い渡されに行こう!






「帝国側に、よく我慢したなぁって言いたい……」

「いや、でも戦争は駄目でしょ」

「この商業ルート潰されるのは辛い……立地が良いんだよ、上はクズでも」


 ガルムは最後の一文を私にだけ聞こえるよう呟きながら放った。

 学園へ付いて早々、ガルムが書類を手に難しそうな顔をしていたので声をかけた。書類で悩む時間がもったいないし、むしろ他国との商売を見てみたいと興味を持った私は、ガルムを連れてそのまま中庭でサボっている。

 ついでに、夜会で逃げた方が良いと言っていたガルムに現状を話した。あと、私の目的も話すと、驚くというよりは納得していた。

 ガルムのいち早く先を見る事が出来る能力は、私も流石だと思ったからだ。まぁ商人だからこそでもあるだろう。


「戦争はデメリットしかないと思うが……帝国の威信もなぁ」

「王太子殿下の視界に入るという嫌がらせをしようかと思いまして」

「いっそ虐めた所で噂が事実になるだけ。王太子殿下自身が否定していない噂は本当だと皆思っているし」


 確かに。王太子殿下は私に話しかける事もせず、ずっとミルム嬢にくっついている。むしろいつ虐める事が出来るのかと疑問に思う程。それ程一緒に居る王太子殿下が否定しないという事は肯定として受け取られているわけで……。

 帝国皇女である私が、王太子殿下の寵愛を受けている方に嫉妬して虐め……。

 そもそも王太子が婚約者である皇女を蔑ろにして伯爵令嬢を寵愛する事自体が不敬で、それに嫉妬したところで、身を引けと伯爵令嬢に言うのは正当。むしろ皇女を差し置いて王太子に寄り添っている伯爵令嬢の方が不敬極まりなく、それに虐めをした所で不敬を先に働いたのは伯爵令嬢……。


「それ、良いわね」

「良いんじゃない?」


 帝国や私も不利になる事はない。実際王太子の前で伯爵令嬢を虐めたら、勢いで婚約破棄を突きつけてくるかもしれない。むしろ突きつけて欲しい。

 ガルムも、戦争はせず商売が出来たら良いのだろう。もう興味がないと言いたげで、私が教えた書類を書き込んでいく。他国の言葉を翻訳した文章だったのだが、一部きちんと翻訳されていなかったので、ガルムの持っていた原本から私が翻訳をしなおした。

 ま、書類だけやって悠々自適生活を望んでいたので、色んな国の言葉は既に習得済みなのだ。私は目標の為には努力を厭わない。

 だから、婚約破棄の為にも努力は厭わない。


「さて。虐めますか」

「やっちゃいましょう!」

「やってしまいましょう」


 ベルとジェンが言うと、他の意味に聞こえる気がしたけれど、そこはあえて何も言わなかった。とてつもなく物騒にしか思えなかったから。






 休憩時間が終わる少し前に、私はあえて伯爵令嬢が居る教室へ向かう。

 とりあえず様子見というか、噂の事もあるので、私が行ったらどうなるのか、という興味からだったのだが。


「今度はペンがないわ……」

「まぁ!またあの女かしら!」

「名前だけの婚約者が……」

「嫉妬に狂って醜いわね」


 ミルム令嬢が目に涙を浮かべて言えば、周囲に居た令嬢達は怒り出す。

 どうやら只今、私が虐めをしたらしい現場のようだ。

 伯爵令嬢はペンがなくなったとしか言っていないのに、それで虐め確定のように騒ぐのか……そして、私の名前を出さなければ良いと思っているのだろうか。

 ……しかし、ペンがなくなって……虐め?自分がしまった場所を間違えたとかではなく?

 え?とてつもなく、くだらないと思えてしまうんだけれど……まず、紛失物として届ける程度の事ではなくて?

 ……ならば、私らしい虐めというものを見せてあげましょう。


「虐め……ね」


 私の言葉に、伯爵令嬢含めた全員がビクリと身を竦める。私が居ないと思っての発言だったのだろうから、怯えるのは仕方がない。

 教室に居る全員が狼狽えている間に、私は伯爵令嬢の元まで歩いていき……机にあったインクを、伯爵令嬢の頭からかけた。

 ベビーピンクの髪がじわりと黒くなり、インクは顔にまで垂れてくる。


「…………あ……」


 教室全体が無音となり、皆が呆然と立ちつくしている中、伯爵令嬢だけは自分の身に起きた事が信じられないのか、喉の奥から震える声で一言だけ発した。そうしている間にも、インクは制服にまで垂れていっているのだけどね。

 私は伯爵令嬢に満面の笑みを送ると、そのまま教室を立ち去った。背後からは正気を取り戻した人々の叫びや悲鳴が聞こえる。


「お嬢様。バケツを用意しましょう」


 次はどうしようかな、なんて思っていれば、ベルが声をかけてきた。バケツ……なるほど。

 ジェンは身を隠す事が出来るだろう場所を指さし、ベルはバケツを用意しに行った。

 王太子が居ない所でやってしまったけれど、あれだけ人目に晒されれば、すぐに耳へ入るだろう。一刻も早く婚約破棄を言ってきてほしいものだ。

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