第11話
……やはり、元は賢いのだろう。
貴族としての勉強や経営に関してもしっかり学べば、その能力をすぐに発揮できそうだと思うが、根付いてしまった苦手意識というのは簡単に拭えるものではない。
「……税に関しても苦労してるのね……」
一枚の書類が目に入り、私が呟けばガルムはフイっと視線を反らした。
最初から貴族に生まれて教育されていれば当たり前の知識としてそこにあったものが、ガルムにはない。だからこそ平民が爵位を貰える事も少ない。
ただの商人としてであれば、商売に関しての税金だけで良いのだが、貴族であれば国からおりてくる補助もあれば貴族として納める税も別にある。項目によって手続きも変わってくるのだ。従業員が手伝っていると言っても、その労力は計り知れないだろう。
「……爵位を貰う事を嫌がられる仕組みは、なくした方が良いわね」
「断れるわけないだろう……」
ガルムの言う通りだが、折角能力を買って爵位を授けたとしても、逆に足かせとなってしまえば本末転倒だ。帝国でも平民に爵位を渡す事は滅多にないが、渡してしまった時に同じ事が起こるだろうと予測できる。
かと言って、平民が貴族となる事を前提とした仕組み作りは出来ないから……いっそ教育作りとなるかしら。あとやはり無駄は簡素化した方が効率よくなる。
「……学園でも、既に貴族教育を終えた前提の授業だからな」
ガルムがボソリと呟いた言葉に、色々と問題があると理解でき、言葉にはしないが仕組み作りに生かせると感謝した。
◇
「ノルウェット帝国皇女、リズ・ファ・ノルウェット殿下のご入場です!」
淡い水色のシンプルな帝国風ドレスを纏い、結わえた髪には煌びやかな帝国の装飾を施して、私は1人舞踏会へと入場する。
分かっていた事だが、ドレスも贈られず、当日になってもエスコートの話もない。ベルの怒りは半端なかった。流石の私も背中に汗が伝う程に。
そんなベルから逃げるように舞踏会へ来て入場してみれば、案の定、周囲から遠巻きにされている。立場的に、私は一番最後の入場でも良いのだが、皇帝ではなく皇女だ。一国の事を考えれば国王と王妃の前に入場となる。
(……これは……)
人々の視線は私と、とある場所を行き来している。
囁くような声で聞こえるのは「みっともない」「惨め」「やはり二人の方がお似合い」という言葉で、視線の先に居るのはピンクの色に紫の刺し色を纏った王太子殿下と、金の色にエメラルドグリーンの刺し色を纏ったミルム伯爵令嬢だ。
お互いの色をこれでもかと纏い、相思相愛の独占欲丸出しとなっているが、そもそも私のお披露目を兼ねた歓迎舞踏会である事は理解しているのだろうかと小首を傾げたくなる。
きっと、どこまで行っても二人の事を理解できる日は来ないだろう。
「国王陛下!王妃殿下のご入場です!」
その声で会場に居る貴族達は全員、頭を下げる。
さて、二人はどう出るのか。内心そんな事を思いながら、国王の言葉を聞く。
「では、ノルウェット帝国皇女、リズ・ファ・ノルウェット殿下をご紹介しよう。皇女殿下、こちらへ」
国王の言葉で、私は1人壇上へ向かう。その事に国王が周囲を見渡し、顔を顰めたが、何事もなかったかのよう私を紹介する。
王太子殿下が私をエスコートしていない事に疑問を感じ探したのだろう。そこには別の女性と寄り添っている殿下が居るけれど……。親しい令嬢が他に居る事を国王が知らないとなれば、それはそれで問題だし、今ここで帝国に対し不敬な事をしたと気が付いただろう。
「それでは皆、楽しんでくれ!」
紹介も終わり、開会の合図となった。
最初に踊るは順当にいけば私である。勿論、相手は王太子殿下なのだが……何故か、王太子殿下がミルム嬢を連れて堂々と会場の中心で踊り始めた。
憧れの二人を見るような令息令嬢達や貴族が多い中、一部嫌悪や疑問の表情を浮かべる人達も居た。この人達はちゃんと教育を受けてきたのだろう。だが、国王や王妃はニコニコと二人を見ているだけで私に対して何を言うでもない。
……婚約に関して、何も思わないの?
え?ここまでしておいて、真実の愛だ!婚約を破棄だー!とも言わないの?舞台の影響を受けているなら、この夜会で言っても良いのでは?
全く持って理解出来ない人達の思考回路は、流石の私でも読めない。
「……失礼しますわ」
何も声をかけられないので、私から国王と王妃へ声をかけて、バルコニーの方へ向かう。
果実水も欲しいし、夜風にも当たりたい。礼儀のなってない人達が集う場所に居るのも面倒だ。色んな意味で理解力が追い付かず、脳みそが疲れるだけというもの。
「皇女殿下……」
果実水を貰いバルコニーへと出れば、そこには同じく果実水を手にして、手すりへもたれかかっているガルムが居た。正式な場だからか、私の事をちゃんと呼ぶようだ。まぁ、令息令嬢しか居ない学園とは、また違うし、ガルム自体が爵位を持っているからね。
「……この国から逃げた方が良いですね……」
周囲に漏れ聞こえないような声で呟いたガルムに、私は無言で返した。
……この国は、私への不敬に対して、度を越えている。私も、ここまでくれは帝国に非はないと胸を張って各国へ伝える事が出来る。そうなれば、この国は肩身の狭い立場になるけれど。
◇
「……どういう事かしら?」
「ありのままを報告しただけです」
私は自室で、お父様から届いた手紙を握ったまま頭を抱えていた。
――リズがロドル王国でどう扱われているのか聞いたロータスが、戦争すると言って聞かない。私も止めるつもりはないので、すぐに帝国へ戻ってきなさい。戻ってきたら即進軍しよう――
お小言も多いが、お兄様はその分、私を大事にしてくれているのは肌身に感じている。お父様だって我儘な私を突き放しても良いに、命令を下しても良いところを、無理強いもせず許しているのは私を愛しているからだと知っている。
だから……私は報告をしていなかったのに……。
「……ベル?」
「流石に限度というものが御座いますので。帝国の威信にかけても」
「……本当に?」
「お嬢様をこれ以上蔑ろにするなら滅べば良い」
ベルも私を信仰しているのかと言う程に溺愛しているのは知っている……知ってはいたが、まさか私の意思に反する事をするとは思わなかった。
……そこまで怒りを貯めこんだとも言えるわけだが、そんな事は今まで一度もなかったので知らなかったとも言える。
「戦争となるの、分かっていて報告したって事ね……」
ベルは静かに頷き、ジェンも激しく首を上下に振っている。
私も、この事を報告すれば戦争を起こされるな、くらいは思っていた。私への愛は勿論、帝国の名にかけても、本当にこの国はそれだけの事をしすぎているのだ。
……あえて……あえて報告していなかったのに……。
「戦争はダメよ……」
「お嬢様……しかし、帝国の威信が」
「私の辺境スローライフはどうなるの!?」
「あ……」
「なるほど……」
帝国皇女に対する扱いへ戦争は当然だという考えのベルとジェンだったか、拳を机に叩きつけながら放った私の言葉に納得した。
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