第10話

「ここよね?」

「ここですね」


 放課後になり、王都にあるレストルズ商会へ向かった私達の前には、カーテンが閉め切られていて、どう見ても開いてないお店だった。


「……貸し切り?」

「今日の昼に言って、今?」

「自分でも馬鹿な事を言ったなって思いました」


 学園をサボってすぐに店へ赴けば、それもありえる事だろうけれど、それでも貴族を相手にしている事もある店ですぐにそんな事が出来るとも思えない。

 とりあえず声をかけてみようと店の方へ一歩踏み出すと、中から大きな声が聞こえた。


「いきなり何ですかそれ!もう!こっちの書類まだなんですよー!」

「あぁああああ!全従業員の給料計算も……その前に収支―!」

「いや、ほんっとスマン!任せた!」

「「オーナー!!!!!」」


 思わず、そっと一歩後ろに下がった。

 中から聞き覚えのある声が謝罪の言葉を言っていた気もするけれど、声量や内容から予測出来るとしたら、中は嵐だ。只今、大事になっている。


「……」

「……お嬢様」

「別のお店を探しますか?」


 私は聞かなかった事として踵を返そうとした時、無情にもドアが私を出迎えるかのように開いた。


「あ、皇女様……?どうぞ」


 ガルムは私に気が付いて扉を開けたわけではなく、思わず逃げた先にたまたま居たのだろう。今気が付いたという感じで声を出した後、慌てて店内へと案内した。

 呆れて物が言えないというか、ため息をする気力さえもなく導かれるままに店内へと足を踏み入れれば、あれだけ大声で罵っていただろう従業員達も美しい笑顔と礼で私を迎え入れた。

 流石、有名なレストルズ商会だ。


「置いてあるものは、流石ですね」

「なかなか手に入らないとされているものまでありますね」


 ジェンとベルの声に、私も店内を見渡せば、各国の一流品ばかり取り揃えられていた。布や糸に関しても各国の物が揃っており、ノルウェット帝国やロドル王国だけではない国の衣装まで作る事も可能だろう。


「帝国風ドレスの制作と、それに合わせたアクセサリーとの事ですが、デザインはどうされますか」


 椅子を勧められ、女性に紅茶を出された後、別の女性がカタログのようなものを目の前で広げながら訊ねてくる。

 流石にガルムがここまでする事はないのね、と納得しながら私はパラパラとカタログをめくる。


「シンプルだけど質素に見えないものを」


 いくつかこんな形でと案を上げ、念押しのようにエメラルドグリーンや金の色を使わない事を伝えると、目の前に居る女性は少しだけ目を見開いた。

 ガルムの口から皇女だと発せられた上に、ロドル王国王太子の色を絶対に使うなと言われているのだ。


「かしこまりました」


 それでも、何故かと問う事はせず、少しだけ目を見開いた以外は何も変わらない様子の従業員に、教育が行き届いていると思う……けれど。


「ガルム……書類が、どうしたの?」


 ピシリ、と効果音が入ったかのように、ガルムの動きが止まった。

 個人的な事に立ち入ってはいけない事も理解しているけれど、ガルムの賢さは認めている。店としても十分教育が行き届いている。しかし以前、報告書で経理や書類が苦手と書かれていた事を思い出した。

 優秀で有能な者が変な所で足を引っ張られるのも正直ばかばかしい。国の経済や発展を考えれば、そんな所で躓かれるより、どんどん伸びて貢献して欲しいのだ。まぁ……ガルムがロドル王国で爵位を貰ってとどまっている事が何より悔しい気持ちもあるけれど。

 私が簡単にそういう気持ちでいる事を説明すれが、ガルムが言いにくそうに視線を反らす。


「皇女様にレストルズ商会、しいてはオーナーの事をそれだけ評価していただけるとは幸いです。僭越ながら私から説明させていただいてもよろしいでしょうか」

「お願いできる?」


 必要なデザインだけ取り出して他のカタログを片付けた女性が申し出てくれる。

 その様子にガルムは更に視線を彷徨わせていたが、特に反論する様子もないのは話しても良いという事だろう。


「採寸しながらでも大丈夫でしょうか?ドレスはすぐにでも取り掛かりたいと思いますので」

「大丈夫よ」


 時間的にもあまり余裕がない事は理解している。我儘を言って無茶をさせる気もないので、それくらい大丈夫だ。むしろ失礼だとも思っていないと伝えると女性は安心したように息を吐いた。


 採寸用の部屋へベルだけ連れて入れば、女性は饒舌に語り出してくれた。今までの不満を吐き出して現状を解決させたいという思いが言葉として溢れ出るように。採寸の手を止める事なく、同時に口も動かし……採寸が終わる頃にはレストルズ商会の現状を理解できていた。

 ……あくまで、理解はしたが、頭のどこかで納得はできてなかった。

 この目で確かめて見れば分かる事だと思い、私は女性にガルムの執務室を聞くと、直ぐに向かった。


「ガルム、失礼するわよ?」

「……はぁ……」


 私の声に、ため息にて返事をするガルムに構わず、扉を開けた。

 そこで見たのは……書類の山、を放置して商品の品定めをしているガルム。


「……ここまで?」

「人間、誰しも得て不得手というものがある……」

「それはそうだけれど……」


 思わず手を頭に当てて、ため息をついた。

 ガルム自体、どうも平民という事で文字の読み書きをしっかり学んだわけではなく、最初の頃につまずいた経験から苦手意識が薄れなかったそうだ。

 そんな苦手意識から、どうしても商品の取り扱いや目利きの方を優先し、経理関係の書類に至ってはサインもせず、商品に関する事ばかり優先していると。

 挙句、爵位を貰えば、その分書類が増えるわけで……全てのとばっちりは従業員に行き、従業員が苦労する事となり、お店は完全予約制になったと。

 完全予約制であれば、その日時だけは接客をし、他は書類関係の仕事が出来る為、納期や締め切りの目安がつきやすいのだ。


「項目で完全に分けて、必要項目を絞り、自分が理解しやすい書式というものを組み立ててみて。数字も見やすいように」

「……なるほど。商会に関してはそれ良いな」


 私が言いながら簡単に書いた書式で理解できたのだろう、ガルムは頷くと、すぐに自分が欲しい項目を追記し、目について欲しい項目を分かりやすいところへ置いた。

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