第9話
「他人事?」
私の態度に、ガルムは自分が悩んでいるのがバカらしいとでも言った様子で、私を伺いながら聞いた。
「私はしてないもの。不敬にも名前だけが勝手に動いているだけだわ」
そう。私がしていないのなんて、皆も承知の上だろう。それなのに名前を出すのは、舞台通りの邪魔する婚約者が欲しいだけだろう。巻き込まないで頂きたい。
二人の真実の愛に対する演出の為に、皇女を悪者に仕立て上げるという不敬をどう思っているのか、本当に滑稽すぎて笑える。
馬鹿もここまで来ると怒りを通り越すというものだ。
「あ、そうだ。頼みがあったのよ」
「……頼み?」
呆れた表情をしていたガラムは、私の言葉で更に怪訝な表情となる。不敬には問わないと言ったものの、ここまで表情を露わにされると、それはそれで面白いものである。
「……レストルズ商会代表、レスター男爵への相談よ」
「……どういった要件で?」
真剣な表情で言えば、ガルムも商人の顔へと豹変する。敬語は苦手そうだと思ったけれど、仕事となれば一瞬で頭を切り替える事が出来るのか。
それなりに貴族相手でも商売をしていなければ、爵位を貰えるような商会にはならないだろう。むしろ、爵位がなければ貴族からどれだけ理不尽で無謀な事を言われるのか、である。
まぁ、それでも渡り合ってくる事が出来たのは、ガルムの賢さだろう。
「お披露目会用のドレスが欲しいの。帝国風で。あ、間違っても王太子殿下の色なんて入れないでね。アクセサリーも合わせた物をお願い」
「……………………は?」
たっぷり間を置いて言葉を放ったガルムだが、未だに私の言葉が理解できていないようで、表情が固まっている。いや、表情どころか指先1つ微動だにしていない。言葉使いも丁寧なものから素に代わっている辺り、商人としての仮面すら完全に剥がれ落ちている。
……それ程までに、驚いたという事だろうが。
「もうすぐ私のお披露目と歓迎の舞踏会が王城で開かれるのはご存じよね?」
「そりゃ全ての貴族が招集されるわけで……」
ガラムは言葉を続ける事なく、顔面を蒼白にさせた。舞踏会があるタイミングで私がドレスを頼む理由をすぐに気が付いたのだろう。
「いや……でも、まさか……?……嘘だろ?」
身体を震わせながら現実逃避をするようにガラムは頭を振っている。しかし、そういう事を仕出かす人間である、と思っているのだろう。ありえない!そんな事をするはずがない!と言った言葉はガルムの口から一切出てこない。
そんなガルムが面白いのか、ベルが口角を少し上げて、答えを率直に伝えた。
「未だに挨拶へと来ない王太子殿下からは何も贈られてきておりません」
「獣の方が賢いんじゃないか!?」
それ、聞かれたら不敬だと、その場で首を切られてもおかしくないのだけれど。ガルム本人はあまりの衝撃で本心を思わず叫んだ様子だ。
……まぁ、確かに私へ挨拶にすら来ない、ドレスも贈らない方がガルムの言葉より不敬なんだけれど。
「本当にそうですよ!一体何を考えているのか!皇女様を馬鹿にしすぎです!」
「いや……でも、まだ時間はあるし……まだ届いていないだけ……とか。……あまりにも……ありえなさすぎるだろう……」
「そのありえない事を続けているのが、この国の王侯貴族です」
今更、怒りに感情を費やす事すら面倒だと思っている私とは違い、ベルの怒りは日々積み重なり抑える術がない事を知っている私は、優雅に紅茶を楽しみつつ二人のやり取りを聞いている。
本来、私が到着して直ぐにお披露目があってもおかしくはなかったのだけれど、すぐにお父様が動いて、こちらの国に来た事もあり、私の学園編入の方が早かったのだ。
流石に地方貴族がこちらに来るのもそうだが、そもそも貴族の準備には時間がかかる。ドレスを仕立てる事から始まるのだから。だから、ドレスを仕立てる時間や地方から王都へやってくる時間、そして余裕を持たせた日程での舞踏会開催となった。
「……念の為、貴族御用達の仕立て屋に王太子殿下がドレスを頼んでないか調べてから……」
「あら?でもそんな事をして、もし万が一の事になれば仕立てる時間がなくなりますし。まぁ私はお直しでも良いのですけど」
「それは皇女様の立場的にダメでしょう……」
深いため息と共にガルムの肩が落ちた。正直、贈られてくるなんて思ってもいなかったけれど、こちらが直ぐに用意してしまえ、ば私側が王太子を蔑ろにしたと捉えられかねない。
ギリギリの時間に作る事が、王太子からドレスの手配をされていないという、向こうの非を周囲に植えつけさせる事が出来る。
それに用意するのは帝国風だ。王国風ではない。王太子殿下が用意していたら勿論王国風になるはずだが、それを帝国風にする事で、より一層王太子側の非を打ち出せる。
……というか、とっとと舞台のように婚約破棄を言い出してくれれば良いものを。こちらに非がないよう考えるのも面倒だわ。向こうに非がありすぎて。
「大丈夫よ、贈られてきたからドレスはなしだとか、料金を払わないとか言わないから。私、荷物は最小限で来たので舞踏会用のドレスなんて持ってきていないのよね」
嘘だろ、と言わんばかりにガラムの口元が引きつる。確かに皇女なのであれば馬車何台つれてくるのかと言わんばかりの荷物を持ってくるだろうが、私的にすぐ帰るつもりでもあるし、そもそも荷造り自体も面倒になる。
必要なものは現地調達してしまえば良い。物に執着はしないが、捨てるのは嫌なので、持って帰る必要がない物は孤児院等に寄付してしまえば良いと思っている。
「王太子殿下からドレスを贈られた事もなければ、こちらに来てから採寸した事もないけれど……」
「……一度、当商会へ採寸にお越しください……出来れば本日放課後にでもっ」
絶対にドレスが用意されるわけないと理解したガルムは、この世には人の形をした絶対的に理解出来ない脳みその持ち主が居る……と呟いていて、その言葉にベルとジェンは深く頷いていた。
まぁ……もう、何を言っても今更すぎる程に王太子は低能だという事だけは確かだ。
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