第8話
「真実の愛を余程信仰しているのかもしれませんねぇ」
「それならそれで、真実の愛を信仰する国でも興して欲しいわ。帝国とは関係ない所で」
ジェンの言葉を一蹴するけれど、本気でそう思っているなら帝国とは関わらない所で頼みたい。史実を元にしているだけで、実際そんな事が起きたらどうなるのか考えれば分かる事。だからこそ元にしているだけで、美談に仕上げるという嘘偽りが出来ているのだ。
「皇女様、先ほどガルム・レスターの報告書が届きました」
ベルが持ってきた書類を私に手渡す。
確かにガルムはロドル王国で新しく男爵位を貰っていて、元々は平民。起こしていた商売が大きくなり、学園へ入った方が良いという事で、たまたま滞在していたロドル王国ので声がかかったようだ。
確かに、ロドル王国は海沿いにある国と山沿いにある国が帝国へ入るのに通る国で、商業都市としては盛んな為、ここに滞在する理由は分かるのだが……。
「……レストルズ商会!?」
ガルムが起こした商会の名前を見て、私は思わず声をあげた。
各国で有名なレストルズ商会。取り扱っている品の質は良く、流行を先取りしたのかと思える程に、商品の取り揃え方も素晴らしい。
貴重と思える骨董品の類も一流で、偽物が混じる事のない目利きの素晴らしさも有名な理由だ。
「帝国の学園で学んでもおかしくはない程なのに……」
「そこも追記で書かれております」
平民と言え、それだけ優秀なのであれば帝国で滞在して欲しいくらいで、むしろ帝国で爵位を渡したいとさえ思える。しかし、ベルの言っていた追記部分に目を通すと、ある意味でガラムらしいと溜息が出た。
「……確かに帝国は王国に比べて学が高いわね……」
「学ぶより仕事のようですね。ただ……経理や書類関係は苦手みたいです」
商業都市というだけでなく、仕事をする時間を確保する為に、勉強の時間は省けるだけ省きたかったというわけか。
そして自分は現場に居て、裏方の仕事は誰かに任せればいいから、そこまで学んでいないと……賢いのか、馬鹿なのか。
「……まぁ、噂を真に受けていないだけ、人を見る目はあるのかもしれないわね」
噂や肩書などに惑わされて採用した者が裏切る、という事もある。
そう考えればガルムは自分のやりたい事を効率よくやり、その為に必要な人間としての賢さを持ち合わせているという事は今日だけで理解できた。
「むしろ、この国に居た方が腐るのではないかしら……」
まぁ、そこはガルム自身が決める事であって、私には関係ないけれど……優秀な人間が腐るのは残念に思うだけだ。
それより……。
「真実の愛というのであれば、身分関係なく結ばれると良いのにね」
「そうですね、身分なんて関係ないでしょう」
「愛さえあれば良いというのが真実の愛というものでしたよね」
私の言葉にベルとジェンが頷く。
浮気のように囲うより先に、正式な手順を素早く踏めば被害は少ない。むしろ、これだけ周知されている恋人の存在を、国王と王妃がどう思っているのか。……まぁ、知っていて何も手を打っていないだけだろう。
知らない、なんて事はありえない。それこそ愚の骨頂であり、国王という立場だけでなく、親としても失格だ。
それとも……帝国の属国という王国が位置している立場を理解しているからこその逃げなのか。
何のせよ、今の現状は帝国に喧嘩を売っている事に変わりのない事だ。
あれから数日経つも、王太子殿下に至っては、未だに私へ挨拶しに来る事もなく、私も王太子殿下を訊ねる事などしない。
相変わらず周囲から遠巻きにされ、噂話の種にまでされているけれど、私が何も言わないのを良い事に更に周囲は調子づいていく。
「本当に王太子殿下とミルム嬢はお似合いね」
「真実の愛で結ばれた二人……素晴らしいわ!」
「私も、そんなお相手と出会いたい」
一度目の前で王太子殿下がミルム伯爵令嬢と腕を組み、仲睦まじい様子で歩いている所に出くわせた事がある。王太子殿下とミルム伯爵令嬢は一目見て私が帝国皇女だと気が付いたのか、焦ったような表情をしていたが、私としては素知らぬ顔で素通りした。
わざわざ私から声をかけるのもおかしい話だ。
だから知らないものとして通り過ぎたのだが、それを周囲は自分の都合良い解釈で受け取ったのだ。
「本当、ここまで駄目だとは思わなかったわ」
いつもの中庭で、のんびり昼食を取る。
気にしていないし、どうでも良いけれど、蔑ろにされる自分を受け入れるつもりもないし、気分の良いものではない。
「大変ですね」
「あら、ガラム。どうしたの?」
ひょっこりと現れたガラムに、座るよう促すと、ガラムは素直に椅子へ座った。私に近寄り話かけるのは、今もまだガラムだけだ。
見方を変えれば、変に権力へ擦り寄って来る人物が居ないという事になるので、それはそれで助かってはいる。
「変な噂を聞きまして、一応話しておいた方が良いと思い」
「変な噂?」
真実の愛を邪魔する婚約者。帝国の権力で二人の仲を引き裂く悪女。
……それ以外に、何かあったかしら?と思わず斜め上の方向を見て考える。
「ミルム伯爵令嬢が皇女様から虐めを受けていると」
「あら、私ったらどんな虐めをしているの?」
ベルが差し出した紅茶を飲んで世間話のように切り出したガルムに、私も他人事のようにクスクスと笑いながら返す。
「私物が隠されたり、ノートが破られていたりしていると」
「あら、可愛らしい虐めね」
正直、貴族同士であれば虐めにも入らない。心に傷がつくかもしれないが、貴族同士やりあうのであれば、もっと酷いのだ。醜聞どころか、家すらも巻き込み、負ければ家が傾く程に。
ならば命のかかっていない虐めは、まだ軽度で、買えば済むし、最悪逃げれば良い。命は失えば終わりなのだから。
「こんなくだらない事を皇女様がしている隙もないし、虐めにすらならないだろ。考えたら分かるものを」
ガラムは、きちんと物事を俯瞰して見ていると思う。
私は皆に注目されていて、遠巻きにされている。唯一皆が離れる時間と言えば、今の昼休みくらいだ。それ以外でそんな事をしていれば誰かの目に触れるというもの。
それでもその噂が立つという事は、そもそもが悪意を持って噂をまかれているという事にもなるが、していない証明も早いのだ。
考えるまでもなく分かる。それをしないのは、考える気もないのか、考えるという事すらしないのか。
「皇女様には双子の分身でもいるのかしら?」
「手下にやらせているという噂もある」
「誰も周りに居ないのに?」
ガラムは何だこの国の貴族達は、と頭を抱えながら私に情報を話してくれているが、私はその話を面白がって聞いた。
爵位を貰ったとは言え、元平民だったガラムに理解できる事が、生まれてからずっと教育を受けてきた貴族が出来ていないという今の現状があまりに滑稽で面白過ぎた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。