第7話

 確かに爵位を貰ったと言っても、いきなり違う名前で呼ばれ始めても慣れるのには時間がかかるだろう。その上呼んでくれる人が居ないとなれば……うん、納得である。しかしそこはおかしな問題で。


「納得はするけれど、令息令嬢と違い、しっかり爵位を持っている方が身分として上だけど?」

「それを許さないというか認めない奴等が多い。それは国王の意思に反していると考える事も出来ないのだろう」

「反逆罪で捕らえたら、どれだけの跡継ぎが居なくなるのかしら……」


 どこまでも教育できてなく、腐りきった国だと言うのか。むしろいっそ腐っているものを排除すると貴族が全てなくなる勢いというのも困ったものだ。

 教育が悪いとすれば教師、既に爵位を持っている親世代の教育自体も悪いという事になるので、数十年に渡り腐って行ったというもの。


「マトモな貴族は一割と言ったところかな。真実の愛が正しいとして、王太子殿下の行動も素晴らしいものだと皆で称え合っている」


 書類上では分からない内情をサラリと出してくるガルムに、口元が歪む。

 私の言葉で、私が何の情報を求めているのか分かるのは流石だ。商人として爵位を貰ったというのは、それだけの手腕があるというのも頷ける。

 ……そして、王太子の問題行動の根底も、やはりあの真実の愛を元にした舞台か。

 きちんと過去の話を元にしていると言っているにも関わらず、だ。

 元にしているだけで、あれが事実であるわけではない。


「そんなわけで、あの二人が逢瀬を重ねている場に、平民扱いされている俺が通り過ぎようものなら邪魔をしたと難癖つけられるから教室へ戻れないわけ。……まぁ、皇女様が今出ていったとしても、二人を邪魔する者という認識をされているから何を言われるか分からない」


 確かにそうだ。面倒事は勘弁してほしい。

 いっそ出て行って、その場で婚約破棄にでもなれば良いが、まだ挨拶もしていない王太子に私から名乗り出るのは帝国の名折れにもなる。

 ……とっとと挨拶に来れば良いものを。


「くだらないわ……周囲も何を考えているのか」


 婚約を継続したまま認知された恋人を作って真実の愛と言っているのを咎めもしない辺り、あまりにも舞台に毒されすぎているのではないか。脳みそに詰まっているのは花畑なのかと開きたくなるわ。

 誰か早く王太子に婚約破棄を促してくれないかしら。


「自分で学ばない貴族というのは多い。大抵本を読んで、これだけ知識をつけたぞ!と自慢するばかりで、応用もきかなければ、臨機応変すらできない。平和すぎるが故の弊害とも言える」

「でも突発的な自然災害が起きた時は?まさか下々に丸投げするの?」

「領地の平民達が頑張って考えて立て直す」


 貴族とは!?

 完全に仕事を放り投げて、税で遊び暮らすだけの存在になっている!

 ロドル王国の報告書にも目を通していたけれど、特に問題はなかった筈だが……蓋を開けてみればこんな事になっているのか。

 属国の管理を国王に任せているのは何だと思っているのだ。そもそも、属国である事を忘れてはいけない。


「領主が居ればそれで問題なさそう……」


 暗に呟かれたガルムの貴族なんて必要あるのか、という言葉に私は吹き出した。

 男爵と言っても平民あがりのガルムが言うのであれば、それは平民の声なのだ。国民あっての国だというのに、国民から必要ないとされている貴族のお粗末さ。

 国民が居らず、王族と貴族だけの国なんてないという事を理解していないのか。


「邪魔者がどくまで、こちらでお茶でもどうぞ。ガルムも」

「ありがとうございます」


 ベルが紅茶を入れてくれて、それを飲む。

 あの二人が居なくなるまで私達はここでゆっくりしていれば良いだろう。ついでにガルムから国の情勢も聞かせてもらおう。


「あいつらもサボリか」


 のんびりと会話をしようとした時、ジェンがボソリと言った言葉に、それもそうだ!と皆が吹き出した。

 王太子自ら逢瀬の為に授業をサボるという駄目な模範。きっとそれも貴族の令息令嬢達は受け入れているのかと思えば、余計にこの国と関わる気は起きなくなっていた。


 ——早く婚約破棄を突きつけて欲しい。






 王城の客間、今は私の居室でベルの入れてくれたお茶を飲みながら、ノルウェット帝国から連れて来た影の報告を読む。


「ガルムの情報は全て正確ね」


 結局、あれから二人は放課後まで逢瀬を重ねた為、私とガルムはのんびりと語り合った。ガルムはさすが商人というだけあり、各国の情勢は特産品に詳しく、それなりに知識も豊富な為に飽きる事はなく有意義な時間を過ごせた。

 そして王太子含む貴族の事も不敬にならないのであれば、と教えてくれた。


「皇女様に取り入ろうとしている……ようには見えませんでしたね」

「礼儀作法がなってないから不敬を言われる前に遠ざかりたかったようだけれど、それを咎めないとなれば別に良いという感じだったわね」


 平民上がりというのもあって少しは警戒していたが、特に害があるようには思えなかった。

 それでも信憑性を確かめる為、帝国の者達が調べた報告書にしっかり目を通してみたが、どれもガルムの言う通りだった。

 王太子殿下とミルム伯爵令嬢の度重なる逢瀬、周囲は祝福しており、真実の愛で結ばれていると言われている。その距離感も近く、婚約者が居る殿方と未婚令嬢の距離感ではなく、苦言を呈したものは周囲の者達から爪弾きにされ虐げられる。


「アメリア・ミルム伯爵令嬢……ね」


 王太子殿下の恋人とされる令嬢。特に悪い噂があるわけでもなく、男を侍らせているというわけでもない。伯爵家なのであれば王太子殿下の婚約者として家柄も問題はない。

 問題があるとするならば、王太子殿下には婚約者が居るという一点だ。しかも、王国が属している帝国皇女である。


「婚約をなくして付き合えば、まだ少しは情状酌量の余地がある事に気が付いていないのかしら」

「王国側から婚約を白紙にして欲しいなどと申し入れ出来ないと思いますが」

「それでも浮気という行為をするよりは一度申し入れを試みた方が余程賢いのではなくて?帝国自体を下に見ている貴族も多いのだし、簡単に不敬な申し入れもしそうなものなのに」


 考えても理解出来ないのは、もう人としての知能差というか物事を見る角度というか……どれだけ全体を見る事が出来ているのか。つまり、出来る私に出来ない奴の考えは分からないというもの。

 ……出来ない奴が上に立っているのも、どうかと思うけれど。これは書類だけでは分からない問題ね。

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