第4話

「……あ……」

「……諦めましょう、父上」


 既に放たれた言葉は戻る事がない。いくら家族といえども、お父様はもう少し気を引き締めるべきだったのだ。王族は、その一言で他人の人生を歪める事が出来るのだから、言葉には重々気をつけろという王族ならではの学びは基本中の基本だ。

 お兄様は覚悟を決めたようにサインをし、お父様に書類を渡した。

 お父様も項垂れつつ、その書類にサインをしたのを確認し、宰相にしっかり保管するよう伝えてもらう。きっと、この書類を見た宰相は頭を抱えてお父様に嫌味爆発させるでしょうけど。


「ならば私は隣国へ向かいますわ。ただ、ロドル王国の貴族学園へ留学という形にした所で、十八の冬で卒業となりますので……あと少しとなりますね」


 私とロス殿下は十八歳だ。

 本来であればロス殿下の卒業を待ってからこちらでの花嫁修業の後、向こうで王妃教育を施し、二十歳を目途に入籍予定だった筈。

 私の言葉に、お父様とお兄様が安心したように息を吐く。


「リズもちゃんと理解はしているからな……。安心が欲しかったのか。しっかり手綱を掴んでこい」

「そうだな。問題なければ、一度こちらへ花嫁修業に帰ってきてから、またロドル王国へ迎えば良い。お前は賢いから学ぶよりは少しゆっくりしていれば良いだろう」


 既に嫁へと出す心境なのか、お父様の目に涙が浮かび、お兄様も感極まっている。

 ……甘い!そうじゃない!

 私は安心が欲しかったわけではない。いや、将来安泰という確証は欲しかったけれども!


「いえ!婚約破棄される事を目標に隣国へ行かせて頂きます!」


 面倒な結婚や王妃としての執務より、辺境での悠々自適生活の方が良いに決まっている!

 夫婦生活という仕事がなくなるだけでも、十分肩の荷が下りるというもの!跡継ぎの事も気にしなくて良いなんて、気にする事は何もなくなる。


「…………リズ…………」

「…………あぁ…………」


 そんな私の言葉に、お父様とお兄様は生気の抜けた顔で、ただ呆れ果てていた。




 ◇




「ようこそ起こし下さいました!皇女様」

「遠路はるばる、お疲れでしょう。サロンでお茶でもいかがでしょうか」


 金髪碧眼で穏やかな国王と薄い茶髪にエメラルドグリーンの瞳をしたきつめ美人の王妃が出迎えてくれ、気遣うようお茶の申し出をされる。それを承諾した私は、二人に案内される形でサロンへと向かう。


 あれから直ぐにロドル王国へ、ロス王太子と仲を深める為に卒業までの短い間、留学するという旨を送り、承諾の返事を貰ってからやってきた。

 ……まぁ、お父様の事だから、これが決定事項であると承諾する以外ない書き方をしていると思うけれど。私もそれを見越して用意していたので、素早く行動する事が出来た。

 それも全て、とっとと婚約をなくして辺境で悠々自適生活を送る為だ。


「王城の居住区へお部屋は用意してありますが、まだ婚姻前なので客室をご用意させて頂きました」

「ありがとうございます」


 それは当然の事だし、堅苦しく過ごすくらいならいっそ離宮でも良いのだが、そこまでしてしまえば仲を深めるという理由がなくなってしまう。

 サロンでは国王と王妃が私に対して丁寧に接してくれる。


「それでは私は失礼いたします」


 私は専属侍女の言葉に了承の意味を込めて頷く。

 国王や王妃とお茶をしている間に、私に付いてきてくれた専属侍女へ女官長が王城内を案内するのだ。私が迷わないように。

 国王と王妃は、ロドル王国の事や学園の事を説明してくれた。……まぁ、事前学習して知っているけど、ここの好意は有難く受け取っておく。

 ノルウェット帝国の書物や情報が間違っていると思えないが、古い場合もあるからだ。それにしても、何故、この二人だけなのか。


「それで……王太子殿下はどちらに?」


 ビクリと、二人の身体が大げさに揺れたのを見逃さなかった。

 ロドル王国はノルウェット帝国の属国で、ノルウェット帝国の皇女である私が来ているのだ。……婚約者云々を抜きにしても、次期国王となる王太子が挨拶に来ないのはマナーとして如何なものか。それに、ロドル王国国王の子どもは、ロス・ロドルただ一人だ。

 本来であれば、三人そろって私を出迎えるものだろう。


「ロスは……その、体調を崩しておりまして」

「え……えぇ!風邪のようで、皇女様にうつしてはいけないと」


 目が泳いでいる二人を観察するように圧をかけると、二人は私から顔ごと視線を反らした。

 ……それは、嘘をついていると自ら吐露しているようなものだと私は判断する。そして、王太子を教育する事も出来なければ、息子を窘める技量すらないのだと。

 会って早々、私が二人に下した判断はそのようなもので、心の中では盛大に溜息をついた。あと少しという期間だからこそ、悠々自適な生活の為にやってきたけれど……その少しがとてつもなく面倒で長い期間になるのではないか、という予測が出来た。


 ――逃げるけど。


 心の中で、面倒事には関わらないという誓いをしっかり立て、目標は何がなんでも婚約破棄してもらう事だという揺らぎない芯を持つ。

 だから、この二人との関係性も……どうでも良いわね。

 実際にやり取りするのは外交官や使者。何か問題が起きての対処だとしても、お兄様だ。私には一切関係ないし、これ以降関わる事もない。


「そうですか……そういえば、王弟殿下には二人の男児がいるそうで」


 ピシリ、という効果音が響くかのように、一瞬で微笑みを戻した二人は、その笑顔のまま凍り付いたかのように動かなくなった。

 暗に、お前等が退いても問題ないですね、と率直に伝えたのが理解できたのだろう。王弟殿下の息子であれば王位継承権はある。

 まぁ、これも理解できないようであれば、即刻国王という立場から退いて頂きたいと思っていたから、まぁ及第点ですね。


「失礼致します」


 ノックと共に戻ってきた私の専属侍女を確認し、案内が終わったのだと判断すると、私は部屋へ戻る旨を伝え立ち上がれば、国王夫妻は安心したように息を吐いた。

 ……皇女相手に、いくら緊張していたとしても失礼ではないか。まぁ、私には関係ないことだけど。

 明日からは早々学園へ向かう事になる為、準備をして今日はゆっくり休もうと専属侍女へ伝えると、にこやかに頷いてくれた。

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