第3話
「誰ですかそれ………………あぁ!」
「…………リズ?」
疑問を口に出してから気が付いた。そんな私にお兄様は信じられないと言った表情でこちらに視線を向けたのだが……。
うん、ずっとロドル王国王太子って言っていたから、フルネームで言われても一瞬誰だか分からなかっただけです。
手紙も十割代筆ですからね!直筆で送った事なんてない。
読むには読むけれど、そこから「こういう内容でお返事書いておいてね」って指示するだけで、私自ら筆を取るなんて事はしていない。
だって、手紙という名の書類ですもん。
そして、問題はそこではない。
「なんてこと!!」
「おぉ!リズでも怒るのか!」
「やっと娘が人間らしく……」
あまりの事に、私は思わず声を荒げてしまった。そんな私をお兄様は意外だと驚き、お父様に至っては涙目になっているが、私がいつ人間でなくなったのかと問いたい。が、今はそこではない。
「私ののんびりした生活はどうなるの!?属国とは言え、王族に嫁げば安泰だったのに!」
「…………」
「………………リズ…………」
私の言葉に、お父様は白目を剥いて一瞬、意識を消失したようだ。直ぐに気を取り直したのか、頭を振った後に、その頭を抱えて蹲っていた。お兄様に至っては、もう死んだような目をして私の名前を呼んだだけだった。
別におかしな事を言ったつもりはない。
むしろ、おかしいでしょ!帝国皇女が婚約者なんて、どれだけ誉な事だと思っているのか!まさか流行りの婚約破棄をするつもりじゃないでしょうね!?
「ありえないわ……皇女が婚約者なのに、親しい女性を作るとか、そんなに脳足らずだなんて……属国として皇女の価値を見誤っているわ」
「リズよ……他に言う事はないのか……」
更に深く項垂れるお父様と違い、お兄様は何とか突っ込みを入れる事を忘れない。
しかし!今何を言われても、私の思考は怒りに染まっている!そう!私の将来に暗雲があっては嫌なのよ!
「私は王族として人に指示出している方が性に合っているのよ。馬鹿に任せては優先順位を間違い、時間ばかりかかってしまうではないですか!だから属国の王妃として君臨する事しか考えていません」
私は一口紅茶を飲んで口を潤わせてから続ける。
「書類や指示以外の苦労をする気はないのですよ。人が一日かかる仕事を五時間で終わらせて、あとは悠々自適な生活を望みます。その為には夫が馬鹿では困りますし、愛人との対立や面倒ごともお断りですし、婚約破棄なんて泥を塗るような真似は許しません」
サラッと吐露した私の本音に、お父様とお兄様は魂の抜けたような顔をしていて、思わず小首を傾げてしまった。私の本音や本性なんて、とっくに二人は知っていると思っていたのだけれど、違ったのかしら。
他の国へ嫁ぐとしても、王太子の年齢が近い所はあったかしら……否、それより今から他国の歴史を学ぶのも大変ね……。
「……聞こえているぞ。リズが賢いのは兄である俺もよく理解しているし、仕事が早いのも認めるし、確かに自分が指揮を取る方が早いのも分かる……が、そこまでして悠々自適な生活に固執していたのか……」
「……残っているマトモな国で、リズの年齢に合う王子が残っている国は……ない」
口にしていたのかと、思わず舌打ちが漏れ、お父様とお兄様は更に深いため息をついた。
本当に二人が忙しい時は、私も執務のお手伝いをする為、仕事に対する能力が高い事や早い事も理解してくれてはいるけれど……年齢に合う王子が居ないのは辛い。
妙齢な男性に嫁いだら、跡継ぎを作るのが苦痛どころの話じゃなくなりそうだ。
むしろ跡継ぎが出来なかったら、それこそ嫁ぐ意味すらない。
「……一度その目で様子を見て釘を刺してくるのはどうだ?」
「えぇ……めんど……いえ、私も私で執務がありますので」
「今、面倒くさいって言いかけただろ」
お父様の提案に旨味があると思えず、思わず本音を言いそうになった所をごまかしたけれど、ごまかしきれなかったようだ。家族だからと、取り繕う気苦労を背負っていない分、今の私はよく口が回ると自覚はするも、反省する気はない。
「リズに丸投げするつもりですか?」
お兄様もジト目でお父様を見ている。確かにそう受け取れる。帝国皇帝の一言で黙らす事も出来ると思うのだけれど……でも……。
「相手を見極めて、リズ自身が決めれば良いと思っているのだ。出来れば矯正して欲しいが……」
「矯正は親の仕事でしょう。それで結婚したくないと判断した場合、私の悠々自適生活はどこで出来るのですか?」
「馬鹿に嫁ぎたくはないのだろう!?」
お父様も色んな疲弊が溜まっているのか、爆発したように声を荒げた。
「もし婚約破棄となったら死ぬまで面倒見てやる!辺境の方で邸と使用人達を用意して悠々自適生活を送れば良い!とりあえず、皇女として婚約者の行いを、その目でしっかり見て釘を刺してこい!」
「父上!?」
「言質を取りましたわ!今すぐに書面を!!」
疲労困憊となっているお父様は、私に婚約者の手綱を握れと言いたいのだろうし、その為に動いて欲しいと思っている事は理解している。でも、言って良い事と悪い事はある。
お父様は、優先順位を今まさに間違えた。それに気が付いたお兄様は驚き声をあげ、止めようとしたが、その前に私が宣言した。言質を取ったと。
――私に皇女としての務めをして欲しい。
そんなものを優先してはいけない。私に自分の婚約者を繋ぎ止めて欲しかっただけだろうが、もう遅い。
気が付いたお父様は、顔を青くさせたが、机の上にスッと書類を差し出した。
『ノルウェット帝国皇女、リズ・ファ・ノルウェットがロドル王国王太子、ロス・ロドルに婚約破棄を言い渡された場合、ノルウェット帝国皇族がリズ・ファ・ノルウェットに辺境の地へ邸と使用人達を用意し、死ぬまで生活の面倒を見る』
悠々自適等、余計な文言は入れず、必要最低限の内容を抑えた書類だ。
「……皇族が……?」
「止められなかったお兄様も連帯責任でよろしいですよね?私が死ぬまでと先ほどお父様がおっしゃいましたし」
ニッコリ微笑む私に、お兄様までも頭を抱えた。
お父様が退位し、お兄様が皇帝になった場合でも私の生活は保障されないと困る。
私は素早く自分のサインをした後、ニコニコと微笑みながら、お父様とお兄様を見つめる。とっととサインしろという無言の圧をかけて。
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