第2話

 ――ノルウェット帝国。


 大陸で一番の国土を持ち、鉱山を保有している上に、豊作な大地も広くあり、豊かな国だ。勿論、戦も負け知らずで、近隣諸国からこちらへ流れてくる民達も居る程だ。

 そして、周辺国は全て属国である。

 昔の歴史において、帝国の豊かな土地を欲しようとした国々が手を組み、帝国へと戦を仕掛けてきたが、全て全勝で追い返した。潤った資源や作物がない国々は、何度も戦を仕掛ける事も出来ず、結局降伏してきた。

 戦争が終わったは良いが、国々を帝国に変えてしまえば、領土が広すぎて統制が困難であると考えた時の皇帝は、全ての国を属国として存続を認めたのだ。


 つまり、簡単に言うと、広い土地を治めるの大変だよー!各領主の見張りもしんどいよー!書類の確認も大変だよー!もう各自の国でやってくれー!必要な事だけは連絡してね!という事だ。


「……各国で婚約破棄騒動とは……現実に起こした、その後は?」


 私の事はひとまず、お兄様は各国の様子を知るべく、お父様の方へと身を乗り出して訊ねた。

 ……そんなの、大抵行く先は決まっていると思うけどな。と、口には出さず、変わりに私は更にお菓子を頬張った。

 うん、美味しい。疲れが吹っ飛ぶ。

 私にチラリと視線を向け、軽くため息を吐いたお父様は、お兄様へ説明を始めた。


「属国の様々な国で、王太子含む王族や高位貴族が下位貴族……それどころか平民と真実の愛を見つけたと言い、婚約破棄を言い渡しているのだ」

「男性って馬鹿というか単細胞が多いのかしら」

「同じ括りにしないでくれるか?」


 思わず吐いた言葉に、お兄様は物凄く嫌そうな顔をして私に苦言を呈した。


「でもそれ、全て男性側が女性側に婚約破棄を言い渡しているのではなくて?舞台に影響されたと言うのであれば」

「……そうだ」


 眉間に皺をよせ、苦しそうな表情でお父様は頷く。お兄様は理解できないと言ったように表情を歪めた。

 いや、人の作り的に理解は出来るでしょう?と小首を傾げる私に対し、二人の視線が集中した。

 仕方ない。紅茶を一口飲んで口を潤わせてから、私は説明する為に口を開いた。


「女性は子どもを産むまでに十月十日かかり、その間自分の身や子どもを守る事を考えれば政略結婚だとしても、衣食住が約束されていれば納得できます。跡継ぎを作るのも立派な仕事のうちですから。しかし男性は種をまくだけでしょう?だからこそ愛人を囲うのも男性が多いのです。……まぁ、きちんと貴族教育を受けている人は、そんな真似しませんけどね」

「貴族の権力が偏らないようにとか、政治に対してとか考えれば、男性も自分の生活基盤を揺るがない物にする為、必要な事だぞ?愛人を囲って破滅していく奴も多いだろう。夫婦は支え合ってこそ家を回せるというものだ。後継者争いの火種ともなってしまい、余計な殺生を生む。」

「だから単細胞が多いというだけで、男性全てとは言っていませんよ?女性でもそういう人はいますし。お腹の子が誰の種か分からない……とかね」


 人としてどこかおかしい人は、性別関係なくおかしいのだ。ただ、人としての生殖機能を考えた上での考察にすぎず、あくまで今現在、舞台の影響を受けただろう男性の方が統計的に多いというだけだ。


「……そして、婚約破棄を言い渡した国は……?」


 この話はこれで終わり。

 お兄様はお父様の方へ視線を向けると話を戻した。


「謀反が起こったり、国を回せなくなったりして植民地化しているのだ……だから言って、帝国はこれ以上、帝国管理する国を増やす事もできない」


 ……ですよね。


 帝国が全ての国を支配してしまえば、もう大陸全土と言っても過言ではない。ある程度、属国として独立させているからこそ運営できるのである。それを全て帝国へ土地返還のようにされても……無理だ。


「……数代に渡り、帝国の王族が各属国の王族へ嫁いだりして、帝国の教育を取り入れたりしている筈ですが……」

「……叔母から、手に負えなかったと手紙はきた」


 属国であるという証の為、皇女はどこかの国の王族へ嫁いでいく、という決まりがある中、近しい親族としてお父様の叔母様からは手紙がきていたようで、お父様はそれを取り出して私達の前へ置いた。


 ――私が外交で不在をしている間に、騒動が起こりました。醜聞をもみ消す事も出来ず、王太子を廃嫡いたしましたが国王も信用に値せず。帝国法に則り、後は任せます。


「丸投げしましたね」


 私の言葉に、お兄様とお父様が項垂れた。

 お父様は子沢山というわけではなかった為、子どもは私とお兄様の二人だ。

 あまりに多すぎても権力争いが起きても大変だという考えの元だったが、今となれば沢山作っておけば良かったのにと思う。本当に今更すぎるけど。

 第二王子や第三王子が居れば、その者達に他国を治めさせる事も出来たのだ。

 私はため息をつきながら、もう休ませてもらおうと腰を浮かせた瞬間、兄が心配そうに私の顔を覗き込んできた。


「……リズの婚約者は大丈夫なのか?」

「え?あぁ、忘れていましたわ」

「忘れていた!?」


 私の返事を聞くと、お兄様は驚愕し口を大きく開けた。

 私も例にもれず、生まれた時から属国の王族へと嫁ぐ事が決まっていた。そして同じ年で立太子を済ませた隣国の王太子との婚約が決まった。しかし、会ったのなんて片手で数えられる程だ。隣国なのに!

 まぁ、お互い恋心なんてものはないし、所詮ただの政略結婚である。国を治める事と世継ぎを生む事さえ出来れば他に何も問題はない。流石に帝国の血を引くものを入れないわけにはいかないので、そこはお互い頑張るところだと割り切ってはいる。


「……そういえば、手紙が来なくなって、どれくらいかしら」

「お前……婚約者の務めって知っているか?」

「お返事を頂けないのであれば、こちらからしつこく送るのも面倒……失礼かと思いまして」

「面倒って言ったな。本音が出ているぞ」


 政略結婚だと割り切ってしまっていれば、相手に何かを期待する事や求める事もない。侍女達には冷たくないかと言われた事もあるけれど、恋愛に憧れがあるわけでもないのだ。

 手紙だって、いわば書類のやり取りをしているようなもので、返事がこないなら書く必要性を見いだせない。むしろこちらが責を負わない為に返しているだけで、向こうから返してこないのであれば、向こうが責務を放棄したという事だと思える。


「……女は可愛げある方が良いぞ?」

「お兄様の好みに当てはまる必要もないと思いますの」

「ぐっ」

「あの……な?」


 私とお兄様のやり取りを静かに聞いていたお父様は、言い出しにくそうに、視線を背けながら声をかけてきた。

 まだ話があるのかと思えば、もっと早く逃げておくべきだったと後悔しかない。

 もういっそ諦めて割り切ってしまおうと、お茶のお代わりを頼む。……そうでもしないと、休みたくてイライラしてしまう。


「…………ロス・ロドルに、親しくしている娘がいるという事を耳にした」

「なんだって!?」


 ボソリと、小さな声で私を伺うようにお父様が呟いた。

 その言葉に対していち早く反応したのはお兄様で、声の大きさに大変な事なのかと疑問に思いつつ私は小首を傾げた。

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