【完結】目指すは婚約破棄からの悠々自適生活!
かずき りり
第1話
「私は真実の愛に目覚めたのだ!お前とは婚約を破棄し、この娘と結婚する!」
衆人環視の中で、声高々に叫び宣言する男は、隣に居る女性の腰を引き寄せ、前に居る女性には鋭い視線を向ける。
この男は高位貴族で、隣に居る女は平民だ。だけれど、男が送ったとされる煌びやかなドレスは、男の独占欲を示すかのように男の髪や瞳の色で染められていた。
「まぁ!嬉しいです!」
「なんて事を……っ!」
男に引き寄せられている女性は、喜びを隠しきれない表情で男の腰に抱き着いているが、婚約破棄を言い渡された女性は悔しそうに唇を噛みしめて扇を握り締めている。
これだけ騒ぎになっているのに、周囲は遠巻きに様子を見ているだけに留まっている。
「君が嫉妬でこの娘を虐めていた事は知っている……そんな君を愛する事はない!むしろ、そのおかげで真実の愛に気づかされたと言っても過言ではない!その部分は感謝しているよ」
嫌味にしか取れない言葉。その言葉に女性の悔しそうな表情が怒りの表情に変わった。
虐めのお陰で気が付けたのは真実の愛ではなく、婚約者女性に対する嫌悪感のみではないのか。
そもそも虐め云々を追求する前に、自分達の教育はどうなのかと問いたい。
未婚女性が、正式に婚約解消されていない男性にむやみやたらと触れるものではないし、男性側の行動は浮気としか取れないのだ。
「私は……真実の愛を貫くと、ここに宣言しよう!愛すべき者を妻に迎える事を誇りに思う!そして、より一層、民の為に尽くそうと誓う!」
学がない女を嫁に貰ったとして、女主人としての仕事が出来るとでも?それなのに民の為に尽くすというのは、どういう事なのか。
しかし、そんな私の思考とは正反対に、おぉおおおお!と、周囲から歓声が沸き上がる。
それと同時に、婚約者であった女性は膝から崩れ落ち、照明が消えていき、拍手が巻き起こった。
――これは、過去にあった話を元にして作った台本です。
最終を飾るように放たれた言葉と共に幕が下り、舞台は終了となった。
「陳腐ですわね。見ているだけで疲れました」
私は赤みがかったオレンジの、お尻が隠れるくらいまで長いロングの少しウェーブがかった髪が乱れるのも気にせず、馬車へ深く腰掛ける。
「……不愉快でしかないが……」
馬車の中、隣に座るお兄様は頭を抑えながら考えこんでいる。襟足まで伸びた赤みがかったオレンジの髪に、少し長めの前髪を左右に分けている為、少し俯けば顔が隠れてしまう。
髪の間から見える小金色の瞳は疲れ切っているようだ。
私の瞳も小金色で、傍目から見たらすぐ兄妹と分かる色だ。
「視察とは言え、苦痛ですわね」
今日はお父様に言われ、お兄様と共に大人気の舞台へと身分を隠して視察へ来たのだ。
この舞台は、今各国の民衆のみならず貴族にまで人気を博していて、過去に起こった話を元に上演されている。
「思わず眠りそうでした」
「俺は帰りたかった」
溜息をつきながら率直な意見を漏らす。
……貴族が起こした真実の愛騒動。
それは醜聞とされ、歴史と共に忘れ去られていくけれど、確かに語り継がれている内容ではある……が、元にしているだけだ。
真実であれば、領地は直ぐに傾くし、高位貴族がそんな事をしでかしては国が傾く事になってもおかしくはない。あくまで、史実に乗っ取った都合良いとこ取りの舞台だ。
それでも成り上がる系は人気を博すのか、それとも希望を見出すのか、その人気は留まる所を知らない。
平民からしてみれば夢のようなシンデレラストーリーという事もあるだろう。まぁ、夢を見るのは勝手だが。
「こんな疲れる視察、報告書だけで充分ですわ」
「帰ったら報告に来るよう言っていたよ」
まだまだ続く仕事に私は項垂れた。
帰ったら気分が落ち着くハーブティでも飲んで、湯あみをして、マッサージをしてもらってから、ぐっすり寝て忘れようと思っていたのだ。
あんな現実を度外視した駄作品なんて、記憶に止めておくだけ勿体ない。記憶容量に入れたくもない程だ。
それこそ覚えるべき事は山ほどあるのだから、諸外国の特産品を1つでも頭に叩き込む方が有意義だと言うもの。
「気分を害すだけのものを、どうして報告しなくてはいけないの……」
口に出す事も嫌なのに、と盛大な溜息を吐く私を見て、お兄様は少し苦笑をしながらも頷いていた。
◇
「舞台はどうだった?」
帰るなり私とお兄様はお父様の執務室へ案内され、入室した際にお父様から放たれた第一声がそれだった。
親子だからか小金色の瞳は同じだが、お父様の髪色は赤だ。
お父様は仕事をしているのかと思いきやソファに座って私達を待っており、既にお茶やお菓子がテーブルの上には用意されていた。
つまり、時間がかかるという事だろう。詳しく話す以外にも何かありそうだ。
素早く休みたかった私は、不機嫌さや疲れた表情を隠す事もなく無言でお父様の対面へと着席し、率直な意見を述べた。
「私は真実の愛に目覚めたのだ!……なーんて、とても陳腐な言葉ですこと」
「面前で、浮気をした有責者からの婚約破棄など、人道的にも問題あると思える」
お兄様もハッキリした意見を述べ、その言葉を聞いたお父様は頭を抱え出した。
「平民の娯楽には良いかと思いますが、これを楽しんでいる貴族はどれだけ低能なのでしょう」
「器が知れるというものだな。まぁ舞台そのものを楽しんでいると思うならば……いや、それでも趣味が悪い。反逆の意思がなければ良いが」
「難しく考えすぎですわ、お兄様。取捨選択ができるのではなくて?」
お兄様は何でも不安要素の先回りをしすぎだと思う。むしろあの舞台を楽しんでいる貴族は頭が悪いという事で近くに置かないという選択が出来ると思えば、楽ではないのか。
紅茶を飲んで疲れを少しだけ癒していると、お父様から長い長~~~~い溜息が聞こえた。
「…………」
「父上?」
あえて無言を貫き通す私と違い、声をかけるなんて、お兄様は本当に優しい。 それでも私は無視するかのように、お菓子へと手を伸ばす。
「……実は……あの舞台に振り回されるかのように、各国で婚約破棄が流行しておるのだ」
「……は?」
「…………だからここ最近、お父様は老け込んだのですね」
「まだハゲてはおらんぞ!?」
誰もハゲているとは言っていない。確かに頭髪は少し寂しくなっているとは思っていたけれど、髪がないとは言っていない。あえてそれを口に出しては言わないけれど。
「もう少し皇女らしく言葉には気を付けたらどうだい?……お疲れ気味でしたね、とか」
「皇女らしくと言われても、れっきとした皇女ですから」
お兄様が注意するも、事実は事実であり、どう足掻いても変えられないのである。私は私だと言う意味を込めて口を開けば、お父様とお兄様は呆れたように溜息をついた。今更だ。
そう、私リズ・ファ・ノルウェットは、このノルウェット帝国の皇女だ。
兄であるロータス・ファ・ノルウェットは立太子をすませ、皇太子として政務に励んでいる。そして、頭が寂しくなってきたお父様はギル・ファ・ノルウェットと言い、皇帝だ。
国政の半分はお兄様へ任し、早々に退位しても問題ないよう準備をしている筈だ。……それなのに、いきなり頭髪が寂しくなるとは、年齢を重ねた以外の理由は、先ほど述べていた各国の婚約破棄騒動だろうと予測した。
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