第25話 継ぐもの(終)

「行くぞ」

 そう言って獅子神は右正拳突きを放つ。筋力で勝てなくても敏捷性なら負けないと、アルトはギリギリまで引きつけて攻撃をかわす。

 突如始まった殴り合いに、森も驚き落ち葉が舞い落ちる。ジュッと音をたて拳に触れた葉が摩擦熱で燃えていた。

 恐ろしい威力だ。クリーンヒットすれば、装甲を纏っていても大ダメージは免れない。

「怖いか少年」

「うん。怖いよ」

「うむ。それでいい。その先にあるものを手にいれる事が出来るのは、恐怖を乗り越えた者のみよ」

「オラッ!」

 返事の代わりに蛇腹刀を振り下ろす。硬い獣毛に覆われた両手で獅子神はガードを固めた。

 ――今だ!

 蛇腹刀を手放し懐へ飛び込む。狙いは喉。そこに掌底を叩き込んでやる。

「素手で挑むかッッ!」

 口角をつりあげ笑う獅子神の頭上から刀が降り注ぎ、下から突き上がるは掌底の同時攻撃。そこに逃げ道など無い。

「ヌンッ!」

 獅子神は顎へ迫る手首を掴み、アルトを軽々と持ち上げた。蛇腹から身を守る盾にしたのだ。無情にも突き刺さる刃が装甲を切り刻む。

「……アルト」

 遠くで見守るイオナの心配する声が聞こえた。大丈夫だ。傷ついたのは外装だけ。まだまだ動ける。

「ぬぐぅッッ!」

 ダメージを追ったのはアルトだけじゃなかった。獅子神の顔が苦痛で歪んでいる。目を凝らして見ると太い首に何かがグルグルと巻きついていた。それは触れたら火傷しそうな真紅色の蛇である。

 いつの間に巻きついたのか。布石はアルトが蛇腹刀で斬られた時に置かれた。盾になる事で体が死角となり、その隙に刃から蛇腹の一部を切り離し首へ巻きつかせたのだ。

「いいぞ少年。心地よい痛みだ」

 アルトは決して手を抜いてなかった。首を切断する勢いで食い込ませた筈が、血の一滴も流れない。

「あれは!?」

 襟から黄金色の獣毛が見えた。

「変ッッ異ッッ!」

 真紅に瞳を輝かせ、髪がうねり伸びていく。鼻は潰れ、上顎と共に前面へ突き出す。耳まで裂けた口角から覗く牙は、肉食獣のソレだ。

 元々大きかった肉体は更に膨れあがり、全身を獣毛が覆った。

 アルトの覚悟を含め実力も認めたのだ。獅子神は怪異の姿を外気に晒す。


「ぬぅぅぅんッッ」

 首に食い込む蛇腹刀を引きちぎろうと、隆起する筋肉の山脈。

「変身すると思ってたよ」

 クスッとアルトは微笑んだ。そうここまで全て計算通り。

「ぬうっ、これは!?」

 体全身に六つの蛇が絡み、強い力で拘束していた。

「体に巻きつかれたの気づかなったでしょ」


「首を狙ったのもこの為か」

 そうだ。断罪の刃は暗殺に特化している。気配を消して忍び寄り狩り取る。その能力を獅子神は熟知していた。だからこそ慎重に事を進め、この時を待っていたのだ。

「うむっ。見事」

 幾重にも重なる蛇腹が獣毛へ食い込み、獅子神は身動き一つとれない。

「全く底が見えないや。凄いな先生は」

 コピー能力を持つ獅子神なら、対処方法はいくらでもあるだろうに。アルトにとって死闘でも、獅子神にとってあくまでこれは稽古なのだと、思い知らされる。

「それでも勝負は僕の勝ちだ。線まで巻き上げろ、真紅の蛇よッッ!」

「ぬぅっっ」

 獅子神の体が勢いよく後方へ飛んだ。蛇腹は森の奥まで伸びていた。

「フフッ。そういう事か」

 獅子神はアルトの作戦に気づいた様だ。

 黄金色の両腕を植物の弦に変化させ、木々へ絡ませる。抵抗を与えたのだ。速度は勢いを失い、緩やかに落ちていく。

「よく考えたな少年」

 敗北の味を知りたいと、大地に引かれた顎が口を開き待っていた。

「ぬぅぅぅんッッ!」

 顎に喰われてたまるものかと、獅子神は獣毛を逆立てる。

 先端が鋭く尖りささくれた無数の毛先は、大地に沈み込み足元を縫いつけた。

 ささくれは返しとなり動きが停止する。

 ――勝敗は? アルトの訴えかける視線に、イオナは首を振った。

 残念ながらあと一歩が届かない。獅子神は線を超えていなかった。

 使える蛇腹は全て使った。残るは装甲に擬態した一本のみ。

「それでも僕は諦めない!」

 大地を蹴ると同時に、最後の蛇腹が右腕へ巻きつく。

「これが僕の全てだぁぁッッ!」

 螺旋を描く右拳が、獅子神の腹部へ吸い込まれていく。まるで硬い岩盤で出来た壁だ。ドリルとなった蛇腹が、火花を散らし削り取る。

「ぬぐぅぅッッ!」

 頭上から響く獅子神の声に余裕は無く、一歩。また一歩と後ろへ下がり出す。

「ウオオオオッッ。貫けぇぇぇッッ!!」

 視界が白く染まった。


「はぁはぁはぁはぁ」

 全ての力を出しきった。これが限界だ。大地に倒れ込み瞳を閉じた。肺は酸素を求め心臓に血を捧げる。

 勝敗の行方を知りたい。

「フッ。顔をあげろ少年」

 目をあけると、耳まで裂けた獣の顔で獅子神は笑っていた。

 毛むくじゃらな足は線を超えている。

「か、勝った。僕の勝ちだ」

「見事だ。弟の想い。うぬに託そう。姉を救えアルト」

 太く逞しい右手が差し出される。

「はい! ありがとうございました」

 アルトは笑顔でその手を取った。


「あらっ君が相手してくれないのかい? 獅子神」


 伊央那の顔したイザナミが校舎屋上の柵に腰かけて、邪悪に微笑んでいた。


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