第24話 継ぐもの(3)

 アルトの体全身に切り刻まれるは聖痕なのか。パックリと口開く傷から真紅の血が濃霧になり吹き出す。

 心配し近づこうとするイオナを獅子神が手で制す。

「ウラァァッッ!」

 暴れるじゃじゃ馬の手綱を掴む。濃霧が描く螺旋は真紅の蛇へと変わった。

「フッ。成ったか」

 獅子神が目を細めて見るは、新たなる戦士。

「さぁ始めようか少年」

「――異装」

 怪異相手に生身で戦うつもりはない。真紅の蛇腹を肉体に纏う。絡みつく蛇はアルトを護る鎧となり戦う為の刀となる。体全身を装甲が覆う。フルフェイスの兜から一対の角が伸び、両手両足の指先は鉤爪が生えていた。

 その姿を見たものはこういうだろう。

 ――竜の怪異と。

 やっと同じ土俵に立てた。それでも実力差が埋まったと自惚れない。そもそも最初からまともに戦えるレベルではないのだから。

「ほぅ」

 それを見届けた獅子神の足元に線が引かれていた。

「この線を我が越えたら少年の勝ちだ」

 怖いルールだとアルトは思った。

 一見シンプルでわかりやすく、実力が天と地ほど離れてるアルトでも、もしかしたら勝てるかもと期待させる。だがそれは違う。大きな勘違いだ。あまりにも力の差がありすぎる。蟻が獅子に体当たりするようなものだ。

「くそっ」

 最初から負ける前提でどうする。自分に誓った。姉を救うと。

「やってやる!」

「うむ。いい顔だ。我は戦士。うぬも戦士。来い、戦い方を教えてやる」

「はい。獅子神先生ッッ!」

 相手がどう動くかと様子見なんて出来ない。最初から全力で向かっていかなければ瞬時に負ける。

 背中外装甲展開。八本の蛇腹刀が吹き出す。線が引かれた前方だけ残し、刃は獅子神を取り囲む。これで逃げ道は塞がれた。線を超える以外かわせない。

「全てを喰らえ。――八岐大蛇ッッ!」

「ジャッッッ!」

 身の毛もよだつ不気味な呼気と共に、八つの蛇腹刀が空間ごと斬り刻む。

「ぬんっ」

 全ての攻撃が獣毛を生やした右拳の一振で弾かれる。一歩も動かずにだ。

 ――シュッ。獅子神の右足は残像を残し、アルトの腹部で爆発する。

 それは容赦ない前蹴りの一撃であった。メリメリと装甲の悲鳴を聞きながら、視界が真白に染まっていく。

 気がつくと削れた大地に転がっていた。不覚。一撃でやられて意識を失っていては、修行にならない。

 獅子神は何処だ。起き上がると遙か遠くで槍を構えていた。あそこからここまで吹き飛ばされたか。

「僕が意識を取り戻すまで待っててくれたのか。不甲斐ない」

「かわせよ。少年」

 ――獅子の心臓・無限鏡。

 獅子神を中心に数えきれない槍達が具現化する。宙に浮かぶそれら全ての矛先はアルトへ向いていた。

「ぬんっっ!」

 無数の槍がミサイルとなって発射する。

「うわあぁぁッッ!」

 足に根が張った。死への恐怖で体が麻痺して動けない。

「あきらめるなッッ!」

 伊央那を闇から救う。羅我から我。そして少年へ受け継がれる種族を越えたその想い。怪異と人間の絆を引き継ぐのだろうと、獅子神は叱責する。

「うおぉぉぉッッ!」

 心の奥底で掬う弱さを希望に変えて、アルトは行く。姉と生きるために。

 あの無数の槍に対抗する手段はこれだ。左右腕部に絡み装甲へ擬態してた蛇は動きだし、新たなる姿へ変化する。

 左腕部が弓となり、右腕部には螺旋状に捻れた一本の紅矢を握っていた。

 無数の槍に抗っても勝てない。

「だから僕はこうする」

 蛇で造りだした弓矢を構えた。狙いは一点。獅子神の額。槍の雨を掻い潜り命中させるなんて、人の枠を越えている。だが今のアルトは、羅我を取り込み理から外れた言わば半怪異の存在。真紅に染まった瞳の先で額を捉えた。

「貫けッッ!」

 解き放たれた紅矢はこちらへ飛んでくる無数の槍を無視して、真っ直ぐに獅子神へ向かう。攻撃に全力をつくした。降り注ぐ雨を防ぐ傘はない。これでアルトは負けるだろう。それでも一矢報えた。

「えっ!?」

 雨はアルトを濡らす前に塵となり消えていく。幻覚の類いだったのか。いや違う。紅矢は一本の槍によって軌道を外され、森の大木へ突き刺さった。

「迷い無くいい一撃だったぞ。少年」

 にいいっ。口角をつり上げ満足そうにうなずく。

 今のは何だ。まるで途中で怪異力が消えたみたいだ。

「では次の技だ」

 考える間も無く獅子神の影から、黒い雪だるまが浮き上がる。

「獅子の心臓・黒雪姫」


「ハアハアハア」

 乱れた呼吸を整えながらアルトは気づく。次々と発生して消える獅子神の怪異力。獅子の心臓の秘密に。

「先生の黄金の心臓はコピー能力だ。でも何かしらの縛りで数秒しか使いこなせない」

 向かってきた宙を泳ぐ魚が目前で消える。

 パチパチパチ。グローブの様に太い両手で拍手する獅子神は牙の生えた白い歯を見せた。

「うむ。正解だ。短時間しか使えないのも理由があってな」

「兄様の母様は人間なのよ、アルト。その血が強く兄様に反応している」

 獅子神の中にある怪異因子は、人の血が混ざった影響で他の怪異よりも遙か強力。その為怪異力の効果を打ち消してしまうのだ。

「故に筋肉よ。筋肉は努力を裏切らない」

 力が全ての怪異の世界で役に立たない異能。そこで生きぬく為に、どれほどの地獄を味わってきたのか。

「同じだ僕と」

「どうした少年。笑ってるぞ」

 信用しよう。この人を。初めて身内以外でアルトは大人を信じた。そして同時に湧き上がるは、認められたいという承認欲求。

「くすっ。どうしても先生に勝ちたくなってきたよ」

 紫色の空を見る。ここは怪異達の領域。アルト達の世界の裏面。しかし人はいないが景色は表世界と変わらない。

「ここは学校裏の森。地の利はこちらにあるんだ」

「ほぅ。向かってくるか」

「無茶よアルト。兄様と近距離で戦うなんて」

 その為のルールなのだ。断罪の刃を使い遠距離から戦えば死ぬ事は無い。

「セリフが違うよイオナ。僕が聞きたいのは、それじゃない」

「フッ。だそうだ妹よ」

「アルト勝って」

 ――そうだ。君が側にいれば、僕はどんな困難にも立ち向かえる。

 獅子の心臓が発動する範囲内で戦うという、アルトの本気が二人に伝わった。


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