第23話 継ぐもの(2)
「イオナ、どうしてここに」
「可愛い後輩と二人きりにさせないためよ。でもおかげで悪い虫を見つけたみたいね」
イオナは鋭い視線を獅子神にぶつけた。彼女は彼が人に変身してる兄と知らないのか。対して獅子神は涼しい顔で、突きつけられたクサナギを見ていた。
「その歪な黒い刀、うぬ鴉か。久しいな」
「この懐かしい感覚。誰かと思えば兄さまなのね。今まで何処へ行ってたの」
「まだ見ぬ強者と戦うために、全国を旅してる途中よ」
「相変わらずね。こんな所で寄り道してていいのかしら?」
「ほうっ、このビリビリと痺れる闘気。たまらぬ。鴉よ、また腕をあげたな。兄は嬉しいぞ」
にいぃぃ。鋭い犬歯を覗かせ笑う。そこにいるのは久々に再会した妹の成長を喜ぶ兄の姿。
仲の良い兄弟だとアルトは感じた。その二人から羅我を奪ったのだ。アルトは死を覚悟するがその前に伝えなければ。伊央那を許し助けてほしいと。
「それで兄様。アルトに何の用かしら」
「イオナには僕が言います」
「姉さんが羅我を殺した。この命をもって償うからお願いだ。伊央那姉さんを助けて」
「……バカ……。兄様、アルトを手にかけるなら貴方はわたくしの敵となるわ」
「ち、ちょっと待ってイオナ。弟より僕を選ぶのか」
「十年前わたくしはアルトを選んだ。それが全てよ」
「まぁまぁ。二人共冷静になれ。落ちついて話をしようではないか」
姉の為ならこの命安いもの。アルトは覚悟を決めてうなずく。
「いい子だ少年。鴉よ、うぬも兄を信じよ」
「伊央那を助けると少年に約束する為、我は来たのだ」
「何故そこまで貴方が……僕と姉さんを恨むなら理解できるのに」
「フッ。先ほど頼んだではないか」
「うん。僕にとってそれはありがたいよ。憎い仇は死に姉まで救ってくれる。でもね、羅我は二人にとって大切な家族。世界が敵になっても味方じゃないのか」
「味方さ。我にとって羅我は大切な弟よ」
「ならどうして。僕に復讐しない!」
「少年よ。羅我が望んだ事なのだ。伊央那の闇を祓うため。全ての元凶である自分が殺される。そうして彼女を救おうとした」
「そんな馬鹿な怪……」
怪異が人を守るなんて。その言葉を飲み込む。種族を超えた情は存在するのだから。
「……泣き虫が虚勢を張って生きて。でもあの子は一度もわたくしに手をあげなかっ……た……。荒神王に憧れ……なければ、今も一緒……」
イオナの震える肩に獅子神は手を置く。部外者のアルトは只その光景を見ていた。この世で二人だけなのだ。弟の死を悲しむ事が出来るのは。
「我は羅我のその想いを、継ぐ者だ」
本当にそれでいいのか。アルトは自問し答えを探す。
この人ならきっと助けてくれる。そう想わせる安心感を彼は持っている。只待っていれば捕らわれのお姫様が悪い魔女から救われて、物語は大団円で幕を閉じる。だが本当にそれでいいのか。
違う。お姫様が待っているのは黄金の勇者じゃなく黒鋼の王子様だ。
「いいや伊央那を闇から救えるのは僕だけだ。羅我でも貴方でもない」
「ほぅ。戦う力を持たない少年が言うでないか」
まるでその言葉が出るのを待っていたのか。獅子神は嬉しそうに口角をつり上げた。
「なら見せてみよ。少年の覚悟を」
獅子神から受け取ったのは試験管。その中に灰と細かな欠片が入っていた。前髪に隠された爪痕からうっすらと血は滲み、額の疼きと共に幻が見えた。
*
『死ぬ気か、羅我』
『俺が伊央那に出来るのは、これぐらいだからな』
『それがうぬの贖罪か……』
『あぁ、だから戦いの邪魔するんじゃねぇぞ。兄貴』
これは羅我の記憶か。嘘偽り無く命を捧げ救いたいと、その覚悟が伝わってくる。
そして次にアルトが見たのは、裏世界で泣く獅子神の姿だった。あって間もないが、悲しみは心に秘めどんな逆境にも立ち向かう男だと思っていた。それだけ大切な人を失ったのだろう。目の前に砂で出来た柱が墓の様に立っている。
『うぬはきっと怒るだろう。今からすることに対して、余計な事するんじゃねぇ馬鹿兄貴と』
この灰柱が羅我なのか。するとこの光景は、伊央那に殺された後の映像。
獅子神は一体何をするのだろう。
『獅子の心臓。キングオブキングス・リバース』
*
「キングオブキングス。なんで貴方が……いや今聞く優先順位はそれじゃない。この灰の正体はまさか」
「見たようだな少年。そうだ羅我よ。全て我のわがまま。弟を失いたくないとコピーした荒神王の力で死の寸前まで巻き戻したものだ」
「うぐっ!」
手が震え足が震える。恐怖や怒り負の感情からじゃない。これで姉を救えると歓喜からくる震えであった。
「いい顔だ。我は強者。弱者を守る戦士だ。うぬは戦士となりえるか」
「認めさせてやる。僕が無力じゃないことを。その為なら泥水だって飲むさ」
ゆっくりと森の奥へ進む獅子神の後をアルトとイオナが追う。少し開けた場所につくと獅子神は足を止めた。
「イオナ、まさか僕の代わりに戦うとか言わないよね」
「言わないわ。それでは修行にならないもの」
そうだ。彼女はいつもそうしてアルトを鍛えてきたのだ。今ここにこうして生きて立っていられるのも全てはイオナのおかげ。その優しさに改めて感謝する。
二人の見てる前で、アルトは試験管の中身を飲み体内へ取り込む。飲むは勿論比喩だ。灰とコアの欠片は霊的な物質で出来ていて、食道を抜けてもゴールである胃へたどり着けない。
チェッカーフラッグはアルトの魂の前で大きく振られていた。
風を切り裂き突っ走る蛇の鱗が体内を傷つける。今の羅我に自我は無く、怪異の本能が暴走してるのだ。
「僕はお前を絶対許さない。大人しくしろ羅我ッッ!」
アルトの呪い使いとしての才能は、イオナとの交わりで更に洗練され暴れる蛇を操る事などたやすい。
「能力発動。――断罪の刃」
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