第19話 王の誕生(2)
伊央那が変異したその姿は、真紅色の薔薇の形した不気味な頭部とウェディングドレス型の外骨格装甲を身に纏っている。スカート裾の一部からは、鋭い棘を生やした薔薇の蔓が伸びていた。
変身した影響で体内は熱く骨の節々が軋む。高熱に犯された怪異の肉体から不快ではなく心地よい痛みを感じる。脳内からドーパミンが溢れだし、その快楽に溺れたい。でもまだだ。自分にはどうしてもやらなきゃいけない事がある。
目の前で驚きのあまり動けない羅我の瞳が捉える伊央那の姿は、人かそれとも怪異か。
「手に入れた。お前と戦う為の力を手に入れたぞ。わたしは人の心と怪異の力を持った鬼。荒ぶる神の王だ」
「チッ。伊央那の体を奪って、復活したか。荒神王」
身体を操る自我は伊央那本人であるが、心の奥底で未だ微睡む新たなる荒神王イザナミの魂に強く精神は影響を受けていた。
伊邪那美の魂と、伊央那の意識が一致する。
――この悪異を消してやる。
「奪った? 利害が一致したんだ。わたしはお前を許さない。死を持ってつぐなえッッ!」
小さい頃から人と争うのを嫌い目立たず生きてきた。それは羅我にさらわれてからも同じ。自分が弱いからだ。弱いから周りの空気を読み大人しくしていた。でももう我慢しなくていい。
十年間、溜め込んでいた怒りがマグマとなり今噴き出す。
身近にある道路標識に手を触れると、一瞬でオレンジ色の錆びがわき腐蝕する。
「怪異力はこう使えばいいのさ」と、伊央那の声でイザナミが耳元で囁く。
――バキッ。
脆い。ほんの少し力を込めただけで標識が根元から折れた。錆ついたから。それもあるが、怪異に転生した事によりスペックが爆上がりしたのだ。
「らあっっっ!」
鋭く尖った根元を先端に標識を投げた。
――斬。
憎き羅我を貫くよりも早く蛇腹の刃で真っ二つになり道端に落ちる。構わない。攻撃の為に投げたのではなかったから。
蛇に異変は無くとぐろをまきこちらを威嚇している。
なる程。キングオブキングスは、その手に触れた物のみ力を発揮するのだ。
掌が届く接近戦で戦うしかないか。だが蛇はそれを許さないだろう。恐れるな。六本腕で怪異軍団と戦った先代荒神王阿修羅と違い、伊央那の敵は羅我一人。二本の腕で充分だ。
――ふふっ。手伝おうかい。
微睡むイザナミからの、甘美な誘惑に心は揺れ動くが駄目だ。それでは復讐にならない。自分自身の力で果たさなければ、意味はない。考えろ。そのための頭だ。
キングオブキングスは最強だ。だがそれを使いこなすには、体で覚えるしかなかった。まずは能力の質によりどれほど怪異力が消費するか。試してみないと。
地面に両手を置く。
――能力発動。キングオブキングス。
蛇口を軽く捻ってみると、アスファルトに水面が浮かぶ。発生した無数の波紋は亀裂を産み路面が砕け陥没する。
「まだだ。わたしの求めるものはその先にある」
蛇口をもう少し開き怪異力を注ぐ。
休眠していた命が大地から芽吹き、掌を中心に普段見たこともない種類豊かな草花が瞬く間に広がっていた。
それらは雑草と呼ばれ普段気にもとめない植物達だ。人の身長よりも高く、鋭利な刃物さえ簡単には刈れないほどにしっかりと育っている。
「なにした、てめぇ」
「キングオブキングスの力を使っただけだ」
「毒属性の力じゃねぇのか」
おそらく羅我は腐っていくものを見て、そう判断したのだろう。
「全く違う。人間の闇。悪意から産まれた怪異【荒神王】だからこそ、使いこなせる力だ。何故ならコレを認識してるのは、人間だけだから」
「兄貴がコピーしたのは、あくまで一部って事か。ならてめぇから器である伊央那を切り離せば、その厄介な力は使えねぇな」
能力を喋り過ぎたとは思わない。人の闇が悪異を凌駕する事を教えてやるのだ。
密集する植物達で、鬱陶しい蛇腹を封じた。羅我はどう動く。
「カッ、そんなんで俺の攻撃防げると思ってのか」
ニイッ。フェイスガードから覗く口角がつりあがった。
羅我の背から二匹の蛇が飛び出し交差する。鱗と鱗がぶつかり火花を散らした。バチッッ。火種が植物に落ち焦げた臭いが漂う。燃やすつもりか。幹にたっぷりと水分が満ちてるとはいえ油断出来ない。ほっとけば火の海となる。
(決めろ覚悟を。例え地獄の業火に焼かれようと、わたしの怨嗟の炎は消えやしない)
「へぇ、いい面構えになったじゃねぇか」
覚悟は決まった。例え体全身切り刻まれ燃やされても、腕一本だけはなんとしても死守する。
高く伸びる植物の中に体を忍ばせた。枯れてるものと違い燃え広がるにも時間がかかる。その間に出来る限り近づかないと。キングオブキングスは近距離型、羅我の体に何としても触れなければ。
皮肉なものだ。羅我に体を触れられるなら、隙間無く敷き詰めた蛞蝓の風呂に入った方がまだマシだと思っていたのに。
移動し近づくたびに、草花を踏み潰す音が鳴る。
「カッ、丸聞こえだぜッッ!」
ヒュンッ。蛇腹が頭上を飛び越え、遥か彼方に消えていく。
音を頼りにした攻撃では、正確な位置まで把握できないのだ。焦げた臭いは濃くなり、熱風がジャリジャリ肌を削る。炎にも使えればいいのだが、固体以外にキングオブキングスは効かない。
(だからこうする)
茎を掴む。瑞々しかった植物が一気に枯れていく。だがこれでは姿を隠せない。
それでも伊央那はそれを止めない。近づきながら繰り返していく。
「痛ッ」
蛇腹の刃が背中をかすめた。
「カッ捉えたぜ。それ以上前に進めば炎の壁に焼かれ、引き返せば蛇腹の餌食だ」
刃が唸り毒蛇の牙は真横から攻めてくる。前後も地獄。逃げ道は完全にふさがれた。
「なめるな!」
どちらに進むか。最初から決めている。炎の壁に飛び込んだ。
体が灼熱の炎で焼かれていく。蛇腹が産み出した紅蓮の炎は、子鬼で創った荒神王の肉体を燃やしていく。覚悟していたが、これ程とは。痛覚を遮断し高熱で爛れる肉体を休みなく自己再生しながら、炎の海を泳ぐ。
精神的な負荷が凄い。
「わたしが何故こんな目にあわなきゃならない!」
怒りが心を支配すると、焼けただれた頬の一部が膨れ上がり拳大の瘤を造り出す。
ピシッ。真横に一文字の亀裂がはしり、そこから不気味な鳴き声が響いた。
『ギィィィッ』
「……イザナミ」
操られた両腕が動き、再生が間に合わない肉体を抱きしめる。
『――キングオブキングス・リバース』
「……これが第二の力……」
酷く焼けた肉体は、火の中に飛び込む前の状態に巻き戻る。それは獅子神がコピーした力のオリジナル。
世代交代しても荒神王の怪異力は変わらない。その能力の正体は毒じゃなく、掌で触れた対象物の【時間】を操る事が出来るのだ。
「イザナミよ。ありがとう。でもこれ以上助太刀はいらない。わたし自身がこの手で復讐しなきゃ」
植物に触れ力を流し込む。命の時間を早送りし、枯らす状態で止めた。
「これでいい。全ての準備は整った。さぁ反撃開始だ」
炎は最後に枯らした植物達にも燃え移る。今まで枯らしてきたこれらは導火線だ。わざと植物を踏み鳴らし枯らし姿を見せたのも、羅我を誘導する為。
「カカッ、考えたな」
導火線の終着点に羅我は足を踏み入れ、炎に囲まれていた。
「だかよ。枯れたということは刈りやすいって事だぜ」
蛇腹が円を描く。根元から雑草は綺麗に切断され、行き場を失った炎は路頭に迷う。
「丸見えだぜ王様」
羅我と目が合う。ここまで近づけた。円状に刈り取られた大地にもう身は隠せない。及第点だ。この距離なら発動できる。
――キングオブキングスッッ!
羅我の蛇腹はとぐろを巻いたままで微動だにしない。
「!?」
何だ。この違和感は。気づいた時には、もう右手を羅我に向かって伸びていた。
「ッッ!?」
届かない。土の中から飛び出した蛇が左足を絡んでいた。
「まさか……最初に放った攻撃の……」
当たらなかったのではない。当てなかったのだ。切り離された一本目の蛇は業火の中、大地に身を潜めていたのだ。
「カッ。最強の力を持っていても、受肉した器が素人じゃ俺に勝てないぜ王様よ」
「まだだッッ!」
足に絡む二本目の蛇を早送りし腐らせてやろうとした瞬間、三本目の蛇刃が唸る。
「ギャァァァァッッ!」
切断された右手首が大地を真紅に染めた。
「断罪の刃が二本だけだと思ったか」
更に四本目五本目と蛇は具現化し左腕と胴体を拘束。完全に動きを封じられた。
「首をはねさせてもらうぜ」
日の光を反射させ、六本目蛇腹刀が降ってくる。
「羅我、わたしを殺すの?」
子鬼で作られた肉体をパージして、伊央那の姿を晒す。
「てめぇぇぇぇッッ!」
羅我は決して【姉】を傷つけない。
「さよなら」
真紅の血が緑色に変化する。再び鬼の肉体を纏い、巻き戻した右手を【弟】の胸に触れた。
――キングオブキングス。
熱い滴が頬を濡らした。
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