第17話 シロとクロ(後編)

「うわぁああああああああああ、アタイの両腕がぁ。助けてシロ」

 姉の顔で悪異は悲鳴をあげ助けを求めた。わかっている。あれは幻。悪異が化けてる姿で、クロじゃない。それでもシロは、また姉を目の前で失うのが怖かった。

「ニャッッッッ!」

 スリーピング・キャットを発動させ、睨みつけるは鴉の目。フェイスガードの隙間から覗く瞳をシロは知っている。

「飲まれおって」

 一喝する鴉は刀の一振りで力を弾く。行き場を失った砂が飛び散った。

 それでいい。一瞬でも気を逸らせる事が最初から狙いだったから。大地を蹴り、懐に素早く入り込む。狙いは左脇腹。鉤爪生やした腕振るう。

 ダンッッ。左肘に防がれる。だがこれで鴉の両手は使えない。

「にゃっっ!」

 土煙をあげ鉤爪生やした右足で、体を蹴りあげる。

「にゃにぃ!」

 当たらない。後方へ回転してかわされた。


 着地した鴉は刀を上段に構えた。

 危険だ。迂闊に飛び込めば怪我だけじゃすまない。鴉の正体が彼女だとしても、生死をかけた本気の戦いだ。油断すれば命を落とす。

「それでも、クロはわが輩が守るなりッッ!」

 鴉の真上、半壊した天井から鉄骨が剥き出しになっている。あれを使う。長年雨風にさらされ腐食し脆い。ちょっとした刺激でさえ今にも崩れ落ちそうだ。

 ――スリーピング・キャット。

 黄金の瞳は錆びた鉄骨を睨みつけた。無数にあいた針穴から、大量の砂が湧き出していく。

「ぬうっ!」

 鴉が気づいた時にはもう遅い。砂の重さに耐えられなくなった鉄骨は、錆びの為脆い。くの字に折れ曲がり、重力の逞しい胸の中へ飛び込む。

「ぬぅぁああああ!」

 鴉の叫び声は落下音にかき消せれ、砂塵がワルツを踊る。

「そして周囲に舞うこの子達は、ヤタガラスが何処にいるか教えてくれるなりッ!」

 このチャンスを生かす。この砂塵で視界不良の今、勝機はこちらにある。猫又は例え周辺が見えなくても、肌から伝わる超感覚で自由に動けるのだから。

「勝機はわが輩にあり……!?」

 黒い物体が蠢く。まだ動けるのか。黒衣の翼が落ちてきた鉄骨を受け止めていた。流石東関東最強の三兄弟と言われてるだけはある。

「しぶといなりッ!」

 鉄骨は海にはならず只の水たまりにしかならないか。それでもほんの僅かな時間足止めできた。狙いは全体重を支えている両足。そこに鉤爪標準スキル毒を注ぎ込み、圧死させる。

「鴉ッッッッ!」

 りんっ。空耳か。首に巻いてる形見の鈴が鳴った。

(クロ?)

 空振りした鉤爪は虚空を巻い、シロは正気を取り戻す。

「なにしてる早くトドメをさして!」

 後方で叫ぶ悪異のノイズが煩い。

「すまぬシロ。この命、まだやるわけにはいかぬのじゃ」

 鴉は優しく語りかけ鉄骨を吹き飛ばす。鉄の雨が降り注ぐ中、シロは温かな涙で頬が濡れてる事に気づいた。

 砂の動きが変化する。

「奥義、ヤタガラス」

「やめるにゃッッッッ」

 一体何をしてるのか。自分でもわからない。悪夢は終わった。操られてるわけじゃ無く自然と体が動きだす。

「ホントわが輩は……」

 自分でもこの行動に呆れてしまう。シロは鴉の斬撃の前に飛び出した。

「カッ」

 鴉はシロがそう動くと最初から理解してたのだろう。仮面の下の頬が緩む。

 刃は空間を飛び越え、悪異に突き刺さる。

「痛い……よ…………」

 コアが切断され呻き、灰となり塵となり虚無へ帰る悪異を見て、アルトと呟いた鴉をシロの耳は聞き逃さなかった。


「助かったにゃ」

 つきものが落ちた。こぼれる涙が怒りや悲しみ、ドロドロした負の感情を綺麗に流していく。

 やっと素直に受けとめられる。あの日鴉は、シロとクロを助けに来たのだと。

「儂のテリトリーを守っているだけじゃ。腹は満たされた。見逃してやる、去れ」

「ツンデレなり」

 正体を知ると不思議と可愛く見えてくる。さて答え合わせだ。本人の口から真実を語ってもらおう。

「幻覚とはいえ、よくアルトを殺せたにゃ」

「何故そう思う?」

「お前がイオナだからなり、鴉」

 鴉は少し驚いた表情を見せ、やれやれと翼で体全身を覆う。

 メタモルフォーゼ。

 怪異達の中でも、このスキルを持つ者は珍しくない。受肉タイプにとって、この世界の環境で生きていく為には、人の姿に化けるのが一番過ごしやすいからだ。

「気をつけてたつもりだったけど、そううまくいかないわね」

 イオナは、ばつ悪そうに視線をそらす。

「いつから正体に気がついたのかしら?」

「今こうして見ても、信じられない気持ちの方が大きいなり。本当に鴉だったとは。あやしんだのは先日、教室でイオナが裏世界に引きずりこまれた時にゃ。無傷で戻ってきたお前は言った。怪異に助けられたと。そのときの残り香は、羅我のものにゃ。だからあの日から、お前をつけていた。気づかなかったろ?」

「アルトには……」

「言うわけないにゃん。ご主人が愛する姉が、実は鴉だって。……あの日、お前は羅我を止めに来た。そうだろ? それなのにわが輩は、お前を恨み生きる糧にしてきた。許してほしい」

 形見の鈴を強く握りしめる。

(そういう事だよなクロ)

「シロ……」

「わが輩は、お前も黒鋼家を襲ったとは信じないにゃ。真実を教えろ、ご主人の為にも」


「……にゃるほど」

「わたくしの願いは、アルトに殺されたい」

「ほんとバカなりね、イオナ。そしたら今度こそご主人は姉を失うのに……」

 シロはイオナを強く抱きしめた。


 


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