第14話 真紅の羅我(3)
獅子神は近距離に特化している。それを知る羅我はその土俵にのろうとはせずに、ご自慢の蛇腹を遠距離から振り回す。戦略としては間違って無いが、それだとつまらない。
「特性を生かした遠距離攻撃か。退屈な攻撃だ。変わらぬな」
「兄貴に言われたくねぇ!」
「我には、これしかないからな」
左掌のグローブで蛇腹を弾くが完全には防ぎきれない。微妙なズレがパリィのタイミングを狂わせた。
(だが問題なし)
見た目柔らかそうな獣毛も内側に進むほど針金なみに硬くなる。蛇腹は肉を斬り裂けず立ち去っていく。
「こんなものか羅我。うぬが信じた力は」
阿修羅は欲望のままに生きていると弟は言った。怪異大戦時の詳細はわからないが予想はつく。
怪異軍団が東関東で敗北後、荒神王阿修羅は北に向かった。戦場となった北の最果ての裏世界で、獅子神は阿修羅と遭遇し激突したのだ。
その時見たものは、全てが破壊され荒れ果てた大地と臭った怪異の群れであった。
(あの衝動を欲望と受けとったか)
力強く大地を踏みつけ湧き上がるは砂柱。獅子神を中心に砂嵐が吹き荒れる。視界が狭まるのを利用し一気に羅我へ近づく。
「ぬんっっ!」
獅子神渾身の右正拳突きは、躊躇なく心臓を狙う。
ヂャリヂャリヂャリ。金属音が鳴り響く。右手首に走る鋭い痛み。蠢く毒蛇の刃が、肉をスライスし骨まで砕いていた。
手首から上は欠損し毒蛇の腹に収まってしまう。
「カカッ。自分の馬鹿力で、その自慢の体に傷を負う気分はどうだ?」
「ほぅっ」
獅子神の黄金の瞳が、羅我の体を中心に高速回転する蛇腹を捉えた。
「気づかず毒蛇の巣へ右手を差し込んでしまったか。よく考えたな。我が弟よ」
「ケッ。まだまだ味合わせてやるぜ。脳筋兄貴」
毒づくが褒められて嬉しいと、羅我の表情は語っている。
「それは楽しみだ」
右手が欠損する前に戻っていく。破壊したラビの店を直したリバースの能力を発動したのだ。
「ケッ。ムカつくぜ。そのコピーした回復系の怪異力。荒神王の【キングオブキングス】みたいでよ」
「フッ。王……か。さぁ力をもっと見せてみろ」
ガリガリ。獅子神は足で大地に線を引く。
「この線を我が越えたら、認めてやる。うぬの強さを」
「カッ。笑ってられるのも今のうちだけだぜ」
羅我も真似して蛇腹で同じように大地を削った。
「俺ものってやる。この線を越えたら、聞く耳持ってやるよ」
にいいっ。二人は口角をつり上げ笑いあう。獅子と鷹。姿形は違えど同じ母から産まれた兄弟。その笑い顔はそっくりであった。
「ひぎゃあぁぁ」
遠くから悲鳴が聞こえた。この声に聞き覚えがある。先程、拳を交えた木の悪異だ。
「た、たすけてぇ……」
泥に汚れ下半身と片腕を失った体で地面を這いずりながら、こちらに逃げてくる。
拳を交えたからわかる事もある。彼は強い。戦った相手が特級レベルの獅子神だから敗北したが、実力は一級の上位クラス。その木が僅かな時間で瀕死となっていた。
「誰にやられた! ゆるさねぇッ!」
兄弟喧嘩どころでは無い。配下がやられ激昂した羅我は獅子神に背を向け、木の元へ走り出す。
「っ!」
地面から湧き出す漆黒の泥が木を包み込む。
「ボスッたすけ……」
「待ってろ! 今助けるッ!」
蛇腹を振りかざした瞬間、木のコアは砕かれ破裂した血肉と泥で羅我の体は汚れた。
「ウァァァッッ!」
目の前で木を殺され我を失った羅我は蛇腹で、漆黒に染まっていく地面を何度も切り刻む。
この悪異の感覚に獅子神は覚えがある。いや正確には似た感覚だが。
思いだすのは、額から巨大な角を生やし六本の腕を持つ異形な鬼の怪異。荒神王阿修羅だ。
――奴の眷属か。
「羅我、聞いたことないか? 荒神王が降臨する地には、眷属が現れ大地を浄めると」
「荒神王まさか」
「こんなに早く、王の手がかりを見つけるとは」
「ギィギィギィ」
大地に染みわたる漆黒の泥は鳴き、その正体を現す。一つに集まり造られた形は、巨大な人型の頭蓋骨。
「よくもやりやがったなッッッ!」
「待てぃッ! うぬの実力では!」
獅子神の忠告に耳を貸さず走り出した瞬間、羅我の体は弾け飛ぶ。
「なんだこりゃっ。俺はまだ一度も攻撃受けてねぇ」
緑の血を流してうずくまる羅我の体は至る所抉れていた。
確かに羅我は、攻撃を受けてない。獅子神達が気づかずに仕掛けてきたのか。二人揃っててそれはあり得ない。抉れた肉片には泥がこびりついていた。なら考えられる事は一つ。
「泥を操る悪異か……」
獅子神のその言葉通り、頭蓋骨悪異の窪んだ目、丸く穴があいた鼻。そして大きく上下に開かれた顎から、粘つく泥が大量に吐き出され大地を汚染していく。
「チッ、やっかいな泥沼だぜ」
そうだ。羅我の言うとおり、わかっているのはそれだけだ。あの攻撃力。かなり危険過ぎる。羅我だからギリギリ耐えられたが、下手すれば木と同じ道を辿っていただろう。
頭蓋骨中心に泥。それらを囲む様にして、周囲一面沼地の布陣が形成される。本体を倒すには進むしかない。敵は泥を操る。あの中へ足を踏み入れるのは自殺行為だ。
「だが進まねば、なにもわからぬ」
沼に足を踏み入れる。ヌルヌルとした不快な感触が、獣毛から皮膚に伝わってきた。ヌメりで足元はかなり不安定になり、歩きにくい。伸ばした両足の鉤爪が大地を掴む。これで幾分ましだろう。
「俺も行く」
「うぬは黙って傷を治せ。勇気と無謀を履き違えるな」
「チッ」
羅我も自分の肉体がどれほどダメージを受けているか、わかっているのだろう。不満そうに舌打ちするが、治癒に力を注ぎだす。
(時間がたてばリバースで戻す事も出来るが、羅我のプライドが許すまい)
中央に鎮座する悪異目指し、一歩また一歩と進んでいく。今の所泥に変化は無いが近づけば近づくほどに悪異の膨れ上がる殺気が重圧となり、精神に負荷を与え続ける。
――それも心地よし!
ニイッと口角をつりあげ、鋭く尖る犬歯を覗かせた。
「さぁ我に、その力を見せてみよ」
手を短刀に変化させると、罠の中に飛び込んだ。泥自体に意思があるのか蠢き、体の自由を奪おうと手足に絡みだす。
「ぬんっ」
強引にまとわりつく泥を引きちぎり、短刀を突き刺した。水分が蒸発し乾いた泥は粘土となり短刀にこびりつく。
「……」
特にステータス異常は感じず、ダメージも無い。先程見せられた爆発的な攻撃力は何処にいったのか。再び短刀を構え、前方に一歩踏み込む。
「兄貴危ねぇぇ」
「ぬうっっっ」
黒い泥が噴水となり、天に向かって唾を吐く。コールタール状の雨が獅子神の全身を黒く染めあげた。
「ぐぉぉぉぉぉぉ!」
肉体を汚した泥の中から、生命エネルギーを感じる。右腕の獣毛の根元にナニかが噛みつく。
――これかッッ!
野獣の勘。戦士の本能が、逃げろと警報を鳴らした。
「ぬんっ!」
左手の短刀で切断した瞬間、右腕は風船の様に大きく膨れ弾けた。
危機一髪とはこの事だ。もう少しタイミングが遅れていれば、羅我の二の舞となっていた。
「ぬぅ恐ろしい力よ」
これほどの破壊力だ。再び発動するには、それ相当の時間と精神エネルギーを使う。怪異力の能力を探りつつ、そこを狙う。
「ぬぅ。じゃねぇよ脳筋兄貴……腕が千切れてるじゃねぇか! さっさと治せよ」
「捧ぐ。新たなる荒神王ヘ贄を」
粘つく声で頭蓋骨はそう宣言する。不定期に荒神王は代替わりするのだ。
その都度姿形は変わり産まれる場所も違う。共通点は只一つ。全てを破壊する事。眷族の式神がこの地にいるという事は神嶋から新たなる王が誕生するのだ。
「ほぅ。笑えぬな。新王も旧王阿修羅と変わらぬ行動を取るなら、我は神の名において、王に報いをうけさせよう。十年前の様に」
「兄貴、まさか荒神王を倒してたのか」
「ぬんっっ」
――獅子の心臓・キングオブキングスリバース。
「このリバースは、十年前、荒神王の怪異力キングオブキングスからコピーしたものよ」
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