第13話 真紅の羅我(2)

「全力でかかってこい。我を一歩でも後退させれば、うぬらの勝ちだ」

 そう言って獅子神は大地を殴る。地中で深き眠りにつく地の龍が反応し、ほんの僅かだけ巨体が蠢く。僅か一秒にも満たない時間。大震災レベルの揺れが襲うと獅子神の足元に横一線の亀裂が出来ていた。

「お、俺っちをバカにすんなぁ。変異ッッ!」

 圧倒的な力を見せつけても痩せた男は一歩も引かない。人の擬態から本来の姿に肉体を戻す。その正体は擬人化した木の怪異。体は幹。手足頭部の先端は枝で出来ていた。

「ほぅ」

 獅子神は喜び、鋭い牙を覗かせ笑う。

「我が実力を知りそれでも戦い挑むか。気に入ったぞ。名を聞こうか戦士よ」

「俺っちに勝てたら教えてやるよぉぉ!」

 両腕から沢山の枝が分かれ、獅子神に向かって伸びていく。

 鼻歌交じりでかわす事はたやすい。だがそれでは修行にならない。敢えて攻撃をその身で受けとめる。

「ぬんっっ!」

 分厚い掌で枝を掴むと、自らの手首に巻きつけた。

「なぬうっっ」

 木の悪異もまさか獅子神自ら枝を巻くとは予想していなかったのだろう。すっとんきょうな声をあげた。だがこれは悪異にとっても、願ったり叶ったりだ。最初から拘束する事が狙いなのだから。

「力比べだ」

「望むところよぉぉ」

 両腕から分かれた沢山の枝は捻り、強度を増して一つになる。二人の間にはピンッと真っ直ぐに伸びた一本のロープがそこにはあった。

「ぬんっっ!」

 獅子神が力を込めた瞬間、悪異の体は大地を失う。まさかここまで力の差があるとは。決して彼が弱いわけではない。暴力に支配された街の中、肩で風を切り生きてきた。

 話は単純。それ以上に獅子神が強いのだ。

「クソッッ。足から根を伸ばして地中から攻撃するのバレたかぁぁ」

「そうなのか? うぬ頭いいな」

 枝はまだ二人を繋いでいる。勝負はまだまだこれからだ。泥を撒き散らし、足が木の根に変化している悪異の体を手元へ引き寄せた。

「ぬぅんっ!」

 怪異力はまだ使わない。鍛え上げた筋肉で悪異を殴り飛ばす。

「ほげぇぇ、今だ兄ぃぃ」

 両腕の枝を切り離し血を吐き出しながら、待機していたもう一体の悪異に合図を送る。死角から全力で突っ込んで来たのは、兄と呼ばれたサイ型の怪異であった。

 なる程。一対一の力比べにのると見せかけて最初からこれが狙いだったのか。

「連携か。見事」

「一歩でも後退させれば、俺達の勝ちなんだろ」

 頭部から伸びる一本角が回転し獅子神の分厚い胸部に迫る。もう少し素手で楽しみたいが仕方ない。

「能力解放。獅子の心臓」

 怪異力を発動する獅子神の体が黄金に光輝く。

 鋭く尖る先端が突き刺さろうとした瞬間、回転は停止し動きが止まった。獅子神の腕が枝に変化し回転を遮断していた。

「なんだと」

「俺っちの怪異力じゃねぇかぁ」

「これが我の怪異力よ。他者の力をコピーするのだ。しかし我の怪異ウィルスが強すぎてな、複製した怪異力は数秒間しか使えぬ。故に筋肉。筋力は決して鍛練を裏切らない」

 獅子神はそう言うと、本来の姿に戻る事もなく人の姿のまま拳を振り上げた。


「参った。俺達の負けだ。神嶋には二度と足を踏み入れない」

「強ぇぇぇ、あんた……いや貴方様はまさか荒神王ですかぃ」

「王? 小さい小さいぞ。アレを王と呼ぶなら我は神よ。全ての強者達よ、我と戦え」


「神だと? 笑わせるぜ」


 三人目の仲間か。殺気を纏う紅色の髪をした女顔の少年が近づいてくる。足は長く細身だが痩せてるわけではない。しなやかな筋肉で引き締まっているのだ。

「うぬは……」

 人に擬態してるので何者かわからないが、とても懐かしく感じた。

「ボ、ボスっ」

「羅我さん」

「ほぅっ」

 獅子神は弟の名前を聞いて目を細めた。全国武者修行の旅の途中に聞いていた鴉と羅我の確執。それでも信じていた血の繋がりと云う絆を。だが羅我の暴虐ぶりは年々酷くなる有様。兄として漢として拳で語らなければと、武者修行を中断して戻ってきたのだから。

「誰か知らねえが、手下共の仇とらせてもらうぜ」

「我の実力がわからぬ愚者か、それともそれを知っても挑む勇者か。うぬはどっちだ、羅我」

「チッ。馴れ馴れしい奴だぜ。おいお前達は表世界に戻り人間を喰ってこい」

「あ、兄ぃ」

 木は兄貴分のサイに判断を求める。

「羅我さん。俺達は負けこの怪異に誓った。手を出さないと。それを反故にするわけには、いかねえよ」

「てめぇの主は誰だ」

「アンタだよ羅我さん。それでもだ。俺達はイータ系悪異。ハグレものだ。餌としてる怪異や人間からも嫌われ疎まれる。だからこそケジメは大……」

 ジャリジャリジャリ。金属音が鳴り響き、サイの体が一瞬で輪切りとなった。

「兄ィィィィ」

 羅我の怪異力、【断罪の刀】が斬り刻んだのだ。

「おい、てめぇはどっちだ」

「お、俺っちは、ボスの忠実な下僕ですっ」

「外道が。ここまで地に落ちたとは」

 ザワザワザワ。獅子神の体毛が怒りで逆立ちはじめる。

「許さん。その力は弱き者を守るものだ。変ッッ……異ッ!」

「その言葉一番ムカつくぜ。……変異」


 獅子神の黄金色の体毛は濃くなり全身を獣毛が覆う。鼻はつぶれ上顎が大きく前方につきだしていく。両足の指先は鉤爪を生やし大地に食い込み、拳は格闘技の試合で使うグローブの様に膨れ上がる。

 本来の姿で戦える喜びに口角をつりあげ犬歯を剥き出しにして笑い、黄金のたてがみを揺れ動かす獅子型の怪異。それが獅子神の真なる姿であった。

「久しいな羅我。我が弟よ」

 獣毛で覆われた獅子神とは対照的に、羅我の体は真紅の滑らかなボディースーツを纏っていた。鷹をモチーフにしたフルフェイスのヘルメット型頭部のフェイスガードからは、つり上がった真紅の目が見える。背中から生える猛禽類の翼が風になびいた。

「ちっ。兄貴かよ。どうりでムカつくと思ったぜ。今まで何処にいた?」

 久々に再会出来た兄の前だからか、普段険しい声のトーンが柔らかくなっている事に羅我は気づかない。

「ボ、ボスの兄貴……強いわけだぁ」

 ギロッ。会話中に口を挟むなと羅我は睨み、木型の怪異は小さく悲鳴をあげ、この場から逃げ出す。

「うぬ、拳を交えた約束を忘れるな」

 店には手を出すなそう言って、釘を差し見送った。

「カッ。まだ生きてるといいな。俺が獲物を前にして、手ぶらで来るかよ」

「……羅我」

 ここまで性根が腐ったのか。自分が成神市を留守にしてる間に、一体弟と妹に何があったのか。

 街を任せた鴉は、十年前突如表舞台から消え生死不明。先日この神嶋市で妹は悪異を狩って生きていると噂を聞いた。弟もきっと同じ。だが神嶋に来た理由は獅子神とは全く違う様だ。

 ――怪異大戦。

 獅子神は遠方にいたので参戦出来なかったが、東関東に来た荒神王阿修羅を倒す為、武道派の怪異達が街の垣根を越え軍団となって戦った十年前の大戦。

(その毒気に影響受けたか。羅我よ)

「俺は強くなったぜ。もう二人に守られていた臆病な羅我はいねぇ」

「その強さがこれか? 弱者を脅し、仲間を恐怖で支配する。まるで悪そのものではないか」

「カッ。姉貴といい兄貴といい、綺麗事言ってるんじゃねぇ。俺達はイータ。怪異の中でも最強種だ。荒神王のように欲望のまま生きて何が悪い」

「欲望……愚か者が、アレの強さの源はそんなもんではない。ならば、うぬの信じた力を見せてみろ」

「あぁ、たっぷりとその体に教えてやるぜ」



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