2章 真紅の羅我
第12話 真紅の羅我(1)
神嶋中等部の制服を着た、ふくよかで柔らかなマシュマロ体形をした一人の愛くるしい少女が、ある店の前を行ったり来たり往復してる。
艶やかな頬。二重まぶたの大きな目。耳の下で緩く三つ編みにした髪がとても似合う少女の名前は、津田夢月。アルトの一つ下の後輩であった。
夢月は今、悩んでいた。脳ミソをフル回転して煙ふくまで考えている。ここまで脳を使うのは、初めてだ。高校の受験勉強よりも、使ってるかも知れない。
そこまでして、何を悩んでいるのか。
それは真白い外観のこの店に入るか入らないかと悩んでいるのだ。
『らびらび』と書かれたこの店は、リラクゼーションサロン。施術中は気持ち良くて寝てしまうほど、腕が確かと評判であった。売りはそれだけではない。 施術前にセラピストで店主の女性とたわいもない会話をするのだが、その時に見たい夢を聞かれるのだ。それに答えると、施術中にその夢が見えるという。
面白そうと怖い。二つの気持ちで揺れ動き決断できない。
客層が大人メインで中学生の夢月が入って笑われたらどうしようや、高い料金で持ち合わせが足りなくて怒られたら怖い等と、そんな事を考えてしまい足踏みしてしまうのだ。
こんな時彼女なら、友人の旭ならどうするか。
「……うん。旭ちゃんなら、悩まず勢いで入るよね」
そう決断し止めていた足は動き出す。
開かれた扉から夢月の目に飛び込むは一面のお花畑。優しい陽射しと穏やかなそよ風が夢月を歓迎する。にゅう。長い耳がお花畑から覗き真白い兎が飛び出した。
夢を見ているのか。
「あらっいらっしゃい。可愛いお客様」
歓迎する店主の声が、夢月を現実へ呼び戻す。甘い香りがする店内。背が高く優しそうな女性は笑顔で夢月を迎え入れてくれた。
「あのその私初めてで……」
夢月は目の前にいる細身の女性から不思議な感覚を覚えた。この感じを知っている。
アルトの姉イオナや猫又怪異のシロと同じ感覚なのだ。
(怪異? でもイオナさんは人だし、あまりあてにならないよね)
「ん、あらっもしかして、アタシの正体バレちゃった」
いたずらがバレた子供の様に無邪気に笑い、綺麗な茶髪の中から白くフサフサした兎の耳が飛び出した。
「やっばりだ」
「あ~ん待って待って」
逃げだそうとする夢月に安心感を与える為、ゆっくりと話しかけてくる。声質を作っているのか高音と低音が安定しない。
「大丈夫よん。可愛いお嬢ちゃん。煮たり焼いたりしないからぁん」
「えっ、もしかして男の方ですか」
「突っ込むのそこッ!」
兎らび。不思議な雰囲気を持ちいい匂いがする彼女? は、そう名乗った。
煮たり焼いたりしないとラビは言った。確かにこれが人をお引き寄せる罠なら店はここまで繁盛せず、以前アルトが祓った廃墟の様に悪い噂は広がるだろう。
ラビラビに行くと行方不明になると。
逃げないで話しを聞こう。アルトの腕に抱かれて、気持ち良さそうに寝てるシロを思い出す。人に友好的な怪異が身近にいる事を、夢月は知っているのだから。
「さぁ座って座って」
促されるままにフカフカなソファーに座ると、ラビはハーブの香りする紅茶をいれてテーブルの上に置いた。
「あなたお名前は?」
「津田夢月です」
「んまぁ素敵な響きね。夢月ちゃん、アタシはイータ系の兎型怪異よ。でも怖がらないで。悪異ではないから」
長い人差し指でトントンとティーカップを叩くと、水面からとても小さな半透明なウサギが顔を出す。
「か、かわいい」
「これがアタシの怪異力、【兎兎】。対象者の意識に侵入して、夢を自由に操るのよん」
「だから、お客さんが好きな夢を見るのか」
「そうよ。夢月ちゃんの見たい夢も、今から見せてあげる。でもその代わり、アナタの睡眠欲を少しだけ頂戴」
「あげると私どうなっちゃうの」
人に危害を加えない。その言葉を信じているが、喉が渇き生唾を呑み込む。
「うふふ。一晩眠れなくなるだけ。でも今からぐっすり安眠できるわよ」
片眼をつむりウィンクするラビに、つい頬を赤らめてしまう。
「うん。ラビさんを信じるよ。施術お願いします」
今月の小遣いどれくらい残っていたか。財布に優しい施術のコースを選んでいると扉が乱暴に開かれた。吹き荒れる暴風と共にやってきたのは厄災。綺麗なお花畑を吹き飛ばし汚していく。
「邪魔するぜぇぇ」
そう言って威圧感を与えながら、痩せた男と太った男が入ってくる。
「いらっしゃい。施術中なので、お時間いただくわ」
ラビは特に気にする素振りも見せない。流石プロだ。
「客じゃねぇんだわぁ」
そう言って痩せた男はラビが怯えないのが気に入らず、眼光を更に鋭く睨みつけた。
「あらっ。そうなの? 用件は何かしらん」
「なんだコイツ男か」
ラビに興味があるのか。痩せた男の隣にいる太い男が口を開き、粘つく目線をこちらに向ける。
「この人達も怪異だ」
ラビの時と違い、正体を知ると体が悪寒で震えた。
怖い。この恐怖は先日のピラニア怪異と同質。人間の姿はしてても、この二人は人を喰う悪異なのだ。肉食獣を前に命の危機を感じ、身動きが取れない。涙が自然と溢れだす。
(アルト先輩助けて……)
不意に手が柔らかいもので包まれる。ラビに手を握られていた。その優しいぬくもりは、夢月の気持ちを落ちつかせる。
「ラビ……さん」
「あんたら、出ていきな。この神嶋市は人との共存を望む怪異が多い。あんた達みたいな悪異は成神市がお似合いだよ!」
「ひゃっはっはっ。俺っち達はよっ、その成神から来たんだわ」
「今日から神嶋は俺達のボスが仕切る。この店を潰されたくなければ、人の魂を集め定期的に渡せ」
「冗談じゃないよ! 店を潰させないし、お客様も渡さない!」
「面白い話しだな。うぬら、詳しく聞かせてもらおうか」
突然、店内に響き渡るは二人組と違う低音で渋い声。
いつの間にそこにいたのか。開かれた扉の前で腕を組み仁王立ちする巨漢がいた。
百五十センチある夢月が見上げる程に背は高く二メートルは軽く越えているか。特徴的なのはそれだけじゃない。ストイックに肉体を鍛えているのだろう。肩幅と胸板は同じぐらいに分厚く、体全身が筋肉の鎧を纏っている。
もしかして用心棒と、夢月は兎に視線を送った。
「だ、誰よ、あんた!」
初対面らしい。悪異の前でも気丈に振る舞っていた兎が、狼狽している。それは悪異達も同じだったようだ。
「な、なんだぁ貴様ぁあ」
「気配を感じさせず背後にだと。何者だ」
「通りすがりの脳筋怪異だ。覚えとくといい」
にいっ。太い唇で笑みを浮かべた。惚れ惚れする程に自信に満ちた笑顔に夢月の心は、今まで味わったことのない心臓の高鳴りを感じる。
「ぬんっ!」
筋肉質の男性は逆立つ黄金の髪を揺らし動き出す。重量感のある体形はパワーにステータス全振りで、スピードが足りないイメージを夢月は持っている。だが目の前に突如現れた黄金の男性はそれを覆す。
二体の悪異が身構えるよりも速く首元を掴む。
「兄ぃぃ」
痩せた男が情けない声で、仲良く拘束された太い男へ視線を送る。
「この俺が反応できないだと」
「ぬううんッ!」
気合と共に玄関の扉ごと二人を外へ叩きつけた。
「うわっ扉を壊してッ! 弁償よ弁償。そ・れ・と、やるなら裏世界でやりな」
――獅子の心臓・キングオブキングス
黄金の男はそう叫ぶと粉々に壊した扉に手で触れる。
「えっ」
夢月とラビは幻を見せられているのか。まるでフィルムを巻き戻したみたいに、扉は破壊される前に戻り修復されていく。
「すまぬ。我が名は獅子神。改めて詫びにくる」
夢月とラビに頭を下げて謝ると、獅子神と名乗る黄金の男は二人をつれて裏世界に消えて行った。
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