第11話 黒衣の鴉(終)
『お主らまで羅我の熱が伝染したか』
ここにいる怪異達は成神を住処としているが、自由に喰えなく不満を持っていた悪異だ。こんな時に獅子神がいれば。また違ったかも知れない。彼は力で荒くれ者達を従わせているのだから。
この数、流石の鴉でも二人を救出して離脱するのは不可能。
『ぐぅぅ』
血が滲む決断を迫られる鴉は、足下にいるアルトを抱きかかえた。
『すまぬ少女よ』
意識朦朧の少女は羅我に捕まったままだ。二人同時に救えない。争えば姉弟は確実に死ぬ。
覚悟を決めた。この選択が罪というならば素直に罰を受け止めよう。だがそれは今じゃない。鴉はアルトを胸に抱き外へ飛び出した。
追って来る配下を切り裂きながら、鴉はアルトを抱きかかえ漆黒の闇を走る。
どうやら諦めたようだ。怪異の気配が消えていく。
『うぅぅ』
意識を失っていたアルトの苦しむ声が聞こえた。恐れている事が起こってしまった。羅我につけられた額の傷から怪異因子が侵入し感染したのだ。
呪異。そう呼ばれる程に感染者の生存率は低い。
『ふざけるな。全てを犠牲にして生き残った命じゃ。生きろッッアルトッッ!』
『……お姉ちゃ……ん。ママとパパは』
鴉の祈りが届いたのか。そう言ってイオナへ化けた鴉に話しかけてくる。信じられない。大人でも発病すれば呪いに耐えきれず、数秒で意識を失い死にいたる病だというのに。
イオナの耳に伝わるは、不規則なリズムだが鳴り響く心臓の音。稀に生まれつき呪異の耐性を持つ者、呪異使威がいると云う。賭けてみるか。もうこの方法以外でしか救えない。
『アルトよく聞いて。ママとパパは殺されたわ。悪異と呼ばれる悪い怪異に。わ……し、わたくしもアルトも、もう少しで命を落とすとこだったの』
動物や怪異でもかなわない特化した力を人は持っている。それは怒り。恨み。悲しみ。妬み。嫉妬。ドロドロとした材料で創られた闇の感情【呪い】であった。
呪異を呪いで祓う。
『うわぁぁぁッッ!』
血の涙を流しアルトはイオナの首に噛みつき爪を突き立てた。
『殺してやるッッ!』
額の傷から滲み出る赤い血から黒い霧が沸く。螺旋を描き、ヂャリヂャリヂャリと金属音を鳴らし、とぐろを巻くは黒い蛇。
『そうよアルトッ! 悪異を恨むの。それが生きる糧となるわッッ!』
*
「……うぐっ」
十年前から現代へとゆっくり走馬灯の海から鴉は浮上する。
鴉は床にうつぶせで倒れていた。絶対零度まで冷やされた肉体は身動き一つとれない。
まだ生きているか。自分のしぶとい生命力に鴉は感謝する。雫は何処だ。命がけの奥義は見事鴉に勝利したのだ。トドメをささず立ち去る事はありえない。
――ドク……ン。
不規則に脈打つ心臓が、辛うじて血液を体の隅々まで送り込む。
「儂は……まだ……死ねぬ……!?」
教室の中心に床から天井へ伸びる氷の柱があり、それを見上げる雪だるまと赤髪の少年がいた。
「黒雪姫から伝言、確かに受けとったぜ雫。この氷の墓標で静かに眠れ」
この声に聞き覚えがあり、とても懐かしさを感じる。柱と一体化する黒雪姫を見届け、少年はこちらを向いた。
「アル……ト?」
戦いの後遺症か。アルトの髪色が真紅に見えた。どうして裏世界にいる。何故雫の墓に手を触れてるのだ。
駄目だ。意識が朦朧として何も考えられない。
「表世界に戻るぞ、伊央那の姿に化けとけ」
そう言って赤髪のアルトは鴉を抱きあげる。気持ちを抑えてるのか。その抑揚のない声からは感情が読めなかった。
人の気配がない旧校舎裏から広がる大木達。その下へイオナを座らせ、赤髪のアルトは旧校舎に向かって歩いていく。
そこには設置されている木製のベンチがあり、文庫本を読んでいる私服姿の少女がいた。
昼休みはもう終わっている時間帯だ。授業をサボる気か。いや私服からしてそれはないか。少女は近づいてくるアルトに気づくが特に驚く様子も無い。二人は知らない仲ではないのだろう。一言二言会話した後、こちらに視線を送り立ち上がった。
似ている。髪色が黒であり髪型はセミロングと一部違うところもあるが、顔や背丈、雰囲気はイオナに酷似している。
アルトはイオナ似の美少女を胸に抱く。恋人の熱い抱擁と違いそこに甘さは無く、有るのは激毒で出来た刃のみ。
いつでもナイフで寝首を掻いてやるとアルトを睨む。
「まさか……」
二人は何者なのか。答えが出る前に、アルトから膨れ上がるは怪異力。
知っている。イオナはアルトに化けているこの怪異を誰よりも知っていた。
「……羅我」
進む道を変えた弟の名を呼ぶ。後悔しない。してはいけない。それでも湧き上がるこの気持ちを痛みとして心に刻む。
「また、な」
そう呟き背中から生えたのは、真紅の翼。
胸に抱かれ羽毛のシャワーを浴びる少女の瞳に宿るは闇。怪異が憎いと叫んでいた。
「待ちなさい羅我!」
羅我は少女を連れて澄んだ蒼の大空へ消えた。
間違いない。あの少女は伊央那だ。羅我に喰われず生きていたのか。情報量が多すぎる。瀕死のこの状態では処理しきれない。今は傷を癒し生きる事が最優先だ。大木に腰かけたまま静かに時を待つ。
「姉さん!」
少し気を失っていたらしい。アルトの声でイオナは目を覚ます。抱擁な乳房の上にはシロが座り毛づくろいしていた。傷は消え体力が回復している。シロの舌とアルトの血により活力を取り戻したのだ。
「ありがとう二人共。もう大丈夫」
「よかった」
泣きたいのをグッと痩せ我慢してるアルトが愛おしい。泣き虫だった子供が今や立派な戦士となった。
「裏世界からどうやって出れたにゃ」
「鴉に助けてもらったわ」
「……そうなりか」
伊央那さん……とイオナは思う。
今度こそ必ず救う。命に賭けて助けてみせる。だからそれまでいい。もう少しだけ貴女のふりをさせて。
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