第1話 待ってるよレン

高校からの帰り道。

小学生の頃からずっと同じ学校だった幼馴染と電話しながら、2学期も終わって俺らももう卒業だな、とかいう会話をしていた。

卒業、か。高校入った当初は学校だりーやら早く辞めたいやら言ってたが、結局ちゃんとここまで来てるんだよな。


「あぁ、そろそろ家着くから切るわ、またな」

「おう、じゃまた」


そう言って電話を切る。


「あー寒っ」


首に巻いたマフラーに口元をうずめながら呟く。

そう、今は11月28日。真冬である。


「...にしても今年も彼女はできないし...あーあ、クリスマスまでもう1ヶ月切ってんのによ」


まぁ、なんか好きな子が出来ないから付き合わないのは仕方ないんだけどさ。


「今年もクリぼっちか...ま、いいや、早く帰ってゲームしよ」


目前の曲がり角を曲がれば俺の家なのだが、そこを曲がった瞬間にふと、


「レン」

「ん...?」


どこからか俺の名を呼ぶ少女の声が聞こえた。その声はどこか聞き覚えのあるようで、でも女友達の居ない俺に女の子の声に聞き覚えがあるはずはない。


「だ、誰だ!?」


辺りを見渡すが、誰もいない。

気のせいか。そう思いつつ、再び歩き出そうとすると、


「っ!?」


足が、体が、動かなかった。


「ごめんね、レン」


さっき俺を呼んだ声とはまた違う声でそう聞こえる。その声に心なしか感じた安堵はすぐに現状の不安に呑み込まれた。

誰だ、なんなんだお前らは。

そう叫んだはずだが、それは声として口の外に出ておらず。

途端。

息が止まっているということに気づく。

吸うことも、吐くこともできない。

突然すぎる身の危機。

突然すぎる死の予感。

あぁ、死ぬんだな。そう思ったのは無意識の中の俺。つまりは本能が言っていた。

これはまずい。

そんなことを考えてるうちに徐々に目の前が白く染っていく。

━━にしても、なぜ俺は何も感じない?

普通、呼吸が止まったら苦しいはずだ、どこかしら痛むはずだ。なのに俺は今普通に思考が及ぶほど平常だった。平常じゃないことと言えば、息をしてないのに苦しくないってことと、声も出ない上、体が動かないってことくらいだ。

...くらいじゃないか、まぁこの際どうだっていい。

不意に、目の前に白い羽根が舞った。その直後、銀髪の美少女と赤髪の美少女が目前を過ぎていく。


「待ってるよレン」


再びそう声が聞こえた瞬間。

その瞬間。

俺の息は既に絶えていた。


━━━━━━


「んん...?」

のだが、何故か再び目が覚める。

ふと手足を動かそうとしてみるが、全く動かない。


「おっ?やっと目を覚ましたようね不審者」


つまり、手足が重い鉄の鎖に繋がれていた。

控えめに言って訳が分からない。

床に尻をつき、手足を拘束されている俺の目の前に立つ金髪の黒と紫色の鎧をまとった一人の少女。年は俺よりも少し下って感じだろうか。いずれにせよ...見覚えはない。


「誰が不審者だ、お前のその格好のほうがよほど不審者だろーが...」


俺がそう言うと彼女は腰から片手剣を抜き、俺に突きつける。


「あ、ちょ、え、そゆことじゃ、えと、あー...とりま落ち着け?」

「落ち着け?はこっちのセリフ!...怖がりすぎよ君」


彼女は剣を腰に戻す。


「いや、誰だってビビるだろ!起きたら鎖に繋がれてるわ、いきなり剣突きつけられるわ」


俺の言葉に彼女は一瞬考えると、


「それもそうね....それはともかく不審者」

「だからその不審者呼びやめろ」

「不審者じゃん君」

「...なんでだよ?」

「なんでって、早朝巡回をして帰ってきたら門前に君が倒れてたからでしょ!?不審者扱いしない方がおかしいわ」


早朝巡回...で、門前に俺が...倒れるてたと...。

はい?


「つーか、そもそもここはどこだよ」

「...君どこの人だよ」

「お前どこの人だよ」


俺がそう尋ねると彼女はすっと胸に手を当てて


「私は、魔界王女・アイザ様の護衛団員の、ライム・ネルジスト・ランゲマよ」

「は....?」


そう俺の質問の答えには答えてくれたが。

魔界王女?アイザ様?ライム...なんとかランゲマ?

話が全く分からない。ハーフか何かにせよ、魔界って...しかも鎧着てるし、剣まで持ってるし...。

もしかして俺、極度の厨二病患者に誘拐されて監禁されてる...!?

流石にそんなはずは...ない、よな。


「名乗ったんだから君も名乗りなよ」


だとしたら...なんなんだ?

まずここが日本では無いことは分かる。

俺は死んだ。そして目を覚ますとここに居た。

その時、ひとつの考えが俺の頭をよぎった。


「ねぇ、聞いてるの君?」


━━異世界転生━━

ラノベやアニメで見たことはある。というよりむしろ俺は異世界召喚やらそんな部類の異世界転生物が好きな方だ。

でも、この現実世界でありえることなのか...?いやでも俺死んだから現実ではない...いやでも俺が居るから現実....。

いまだに残る疑問はさておき、とりあえず身の安全を確保しようとして、ライムと名乗るその少女に鎖を繋がれた手首を突き出し、


「ライム、これ解いて」


そういった。


「私の話聞いてた!?」

「...すまない、聞こえなかった」

「...まぁいいわ、それほどくかわりに色々と教えて貰うわね」

「喜んで」

「......よく分からない人ね君」


ブツブツ呟きながらもライムは鎖を外してくれた。開放された俺は立ち上がって体を伸ばす。

立ってみるとライムの背は思ったより低く、俺と10数cmは差があった。


「サンキュ」

「どういたしまして、それで、君は何者なの?」

「俺は神野蓮、17歳だ。あとお前がさっき言ってたことから考えると、俺はここ魔界とは別世界の住人ってことだな」


ライムは怪訝な顔をしながら尋ねる。


「魔界とは別世界...ということは君は聖界の住人ってことかい?」

「聖界?なんかまた1つ知らない世界増えてきたんだけど」

「魔界でも聖界でもないなら、天界の使者様って感じでもなさそうだし...本当に貴方どこの人なのよ?」

「えーとな、俺は地球ってとこに住んでたんだけど、あれは何世界になるんだ?3次元世界?」


ライムは俺のその発言にピクっと変な反応を見せると、


「え...?今なんて...??」

「だから、俺が地球人だって話」


そう言った瞬間、ライムの顔つきが変わった。

怪訝な顔から、一気に真剣な顔になって、もう一度尋ねてくる。


「地球の...住人なの...?」

「何をそんなに驚いているのかよく分からないけどそうだよ」

「そうか...レン、レン...か、そっか...」

「はい?」


ライムが何やらブツブツと言ってるのを不思議に思っていると、ライムが俺の方をびしっと向く。


「申し訳ございません、レン様拘束してしまって...」


と、突然人が変わったかのように敬語になり、深々と頭を下げ謝罪をし出すライム。俺は戸惑い以外の何も得られなかった。


「えーと...どゆこと?」

「少し、着いてきて欲しいのです」

「別にいいけど、どこにだ?」

「魔法世界・アヴェルヴォを統率する我らが王女」

「...おう?」


「アイザ様にお会いして欲しいのです、レン様」


そう言って彼女は俺の答えなど待たず地下牢らしきここから上に登る階段を上り歩き出す。俺はすかさずついて行く。



コンコン。

ドアのノック音が聞こえた。恐らくライムのものだろう。


「ライム?いいよー」


そうノックに答えると扉越しに彼女が


「はい、アイザ様、失礼致します」


そう言ってガチャっと扉を開き、中に入ってくる。ライムは一礼をして話し始める。


「アイザ様、大変なことになりました」

「...何があったの?」

ライムの顔は険しくって、真剣だった。そもそもライムのこんな表情も、こんな話の切り出し方も初めてで少し動揺したが、聞く。


「アイザ様、驚かないで聞いていただきたいのですが」

「そう言われても驚く時は驚くけど、まぁそれで?」


そんなに大したことじゃないだろうな。そう思ってた。でもその考えは甘かったらしく。


「レン様が既にここに来られています」

「レンが!?」


驚いた。驚きに驚いて驚いたあげく驚いた。驚きの中にひそかに隠れた喜びと安堵...。でも私は、彼に対して初対面を装わなければならない。隠しきれるだろうか...少し不安である。


「そっか...もう来ちゃったのか....絶対アイツなんかいじったよまた....」


頭を抱える。


「くれぐれも、変なことは零さないでくださいね、アイザ様」

「分かってるよ、けど、隠し通せるかが不安...」

「しっかりしてください、王女様」

「...うん、そだね」


でも、ライムがこうして事前に報告してくれて本当に助かった。もし、レンにいきなりここに来られてたらテンパって何を話ししまってたか分かったもんじゃない。

ライムがこんなにしっかりしてるんだ、一界の王女である私がこんなんじゃダメだ。

私は気をしっかり持って、ライムに言う。


「ライム、もういいよ」


その私の言葉にライムはにっこりと笑って。


「承知しました。それでは彼をお入れします」

「OK、またね」


そう言って彼女は外に出た。



とまぁ。

俺はライムについて行って広い廊下を歩き、端にあるこの扉の前で待っていてくれと言われ待ってるんだが、その間俺はアイザ様と言うらしいここ、魔界の王女とやらがどんな人物なのかについて考えていた。

魔界王女か...あの、悪女の姿しか思いつかないな...そうでないことを願おう。

それにしても、異世界、か。

あんま意識してなかったが、普通に日本語は通じてるし、なんならあっちも日本語で喋ってるんだよな。

異世界物にも色んな種類があって、全く言葉も文字も違ってたり、逆に言葉も文字も日本語だったり、言葉は通じても文字は違ったりと様々だ。

言葉は通じている。あとは文字だ。今のところ文字を何ひとつとして見かけてないからな、王女様の部屋に何か本でもあれば助かるのだが。

最初はマジで受け付けなかったけど、いざとなるとこんな真に受けちゃうもんなんだな...。

まぁ世紀に1度の旅行だ、存分に楽しまなきゃ損ってことだ。

と。

ガチャっと扉が開くと共にライムが出てくる。


「お待たせしました、アイザ様が中でお待ちしております、どうぞお入りください」

「あ、あぁ」


ドアノブに手をかける。回すと同時にライムが言う。


「くれぐれも失礼なことはなさらないでくださいね」

「分かってるよ」


そう答え、俺は中に入った。



「やぁ、不審者君」

「...は!?」


部屋に入った。部屋は12畳ほどの広さで、入ってすぐに赤いテーブルと椅子が置いてあり、奥にアイザ様の使っているものであろう木の机があり、その上には小さなランプとたくさんの書類のような紙が散乱していた。

そして、その机の後ろに立つ例の王女様は。


「どうしたの〜?」


いや、確かにさっきこうであって欲しいとは願ったが。

首を傾げるその例の王女・アイザ様。

流石に信じられない。

そこに居たのは王女と思えない、王女らしからぬ姿。つまりどういうことかと言うと。

━━ロリがそこに居た。


「いや、ちょ...は?」


王女がロリ?しかも魔界の王女だぞ...?

理解が追いつかない。

彼女は、俺より数個は年下のように見える。日本で例えるなら中学生とかそれくらいの背と顔立ちだ。身長は150cmもあるかないかほど。

声はまだ幼く、顔も子供っぽい。

髪は赤がかった銀色をしており、肩上ほどの長さに切り揃えられていた。赤色を反射するその瞳は澄んでいて、自分の姿すらそこに反射される。キュッとした小さな鼻に、口紅を塗ったかのような赤い潤った唇。体型はその赤いドレスのおかげでよく見えないが恐らく痩せ型だろう、チラッと見える手足は細い。

いやまぁ、可愛いとは思うんだけどさ。


「どうしたの?そんなにあたふたして」

「お前は...」


俺は1度確認するために訊く。


「お前の名前は...?」

「アイザ・リロヴォンだよ〜、この魔界の王女ってのを任されてるよ〜」

「.....そうか」


やっぱり魔界王女であることは間違いないらしい。

信じきれては居ないが、疑っていても先に進めないだろうし、俺は一応自分の情報を述べる。


「俺は神野蓮、年は17歳だ。元いた場所は地球の日本ってとこの神奈川で、なんか死んで目が覚めたらここに来てた、って感じだ。なんか他に聞きたいことあればどうぞ」


そう言うとアイザ様は質問をしてくる。


「じゃぁ訊くけど」

「はいよ?」

「レン君のお父様は?」

「え?なんでそれを?」


質問の内容がおかしくはないか?いや、もっと軽いノリで普通のことに訊いてくる物だと思ってんだが。


「俺の父は俺が5歳の時に死んでる、って母さん、から聞いたけど、正直記憶にないな」


俺は父の顔を知らない。

母曰く、ずっと家には帰らないような仕事だからと言っていたが、それにしてもどうしてアイザ様が俺の父のことを尋ねてくるのだろう?


「そう、なんだ...な、なんかごめんね!変なこと思い出させちゃって」


アイザ様が頭を軽く下げる。


「いやいや、俺自身覚えてないし、そんなに謝らなくてもいいんだぞ...?」


そう言ってあげると、アイザ様とやらはすっと頭を上げ、笑顔になって言う。


「ならもう1つ、質問してもいいかな?」

「あ、あぁ構わないぞ」

「ありがと!それで質問、なんだけど...いや、質問と言うより、私からのお願い、みたいなものなんだけどね」


彼女は少し間を空けて、


「私と一緒に住んでくれないかな?」

「..........は?」


衝撃的な王女からのお願い。俺はそのお願いに対してそう小さく呟いた後、息も吸わずそのままの口の形で大きく叫び放った。


「はぁぁぁぁぁぁぁぁぁあああああああ!?」


その声にアイザ様は驚いてしまった。

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