神と人間と天使が入り交じる世界で、最上級の幸せを。

@Seraphia

第0話 反逆



途端、赤い鮮血が宙に舞った。

その血はシャルルの腹部を貫通した紫の光の筋によって空いた穴から吹き出していて。


「シャルル━━!」


蒼瞳に、銀の長い髪。その少女は彼からの返り血によって紅く染まった。


「シャルル...大丈夫...?どうして....どうしてあんな無茶なことを!!」


周囲から蔑視を受ける動かない1人の少年の躰。その躰からだを抱き寄せ、息の有無を確認する少女。

その躰は、その少年は、動かない。

代わりに動いたのは、少年をそうした男。

つり上がった黒瞳の眼に、黒い衣服に身を包む男。そして、少女を囲うように無数の人間が立つ。

男は少女に向け、小さな球状の光を放つ。その光は弾となり少女の身を貫き、血を舞わせる。


「いやぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」


少女が痛みに喘ぎ叫ぶが、すぐに絶え、少年の上に覆い被さった。


「熾天世界の王は俺だ。お前のようなガキには何も任せられない」


男が少女に寄りしゃがみこむと、髪を掴みあげ顔を合わせる。少女の表情は何一つ動かない。


「何か言えよ、聖界王女様よォ?」


キャハハハッ。

そんな笑い声がそこに響いた。


「さてと」


男は立ち上がり、少女に背を向けその建物から去るべく歩もうとしたが。


「全く...」


少女の声が聞こえた。

驚き振り返る男が見たのはさっきまでそこに倒れていた少女とは似ても似つかない、全くの別人。その上、背中には大きな白い翼が生え、頭上には金の輪が浮いていた。


「シャルルを連れ戻すために聖界を作って、自ら聖王女になった私に抗った挙句、私の大好きなシャルルをこんな目に遭わせて、私まで殺そうだなんて...貴方に聖王を名乗る資格なんてないよ」


宙に浮かぶ少女━━否、聖王女は男を指して言い放つ。


「イグメル━━いや、堕天使アグメル」

「ど、どうしてそれを!?」

「神を殺あやめようとした愚か者。貴方に一度でもチャンスを与え、上界に堕とした私が馬鹿だったようね」

「俺を...堕とした?」


堕天使アグメルと呼ばれたかつての大天使イグメルははっとあることに気づいたようで。


「お、お前はもしかして...!」

「気づくのが遅すぎるのよ、アグメル。もう貴方にチャンスは与えないわ」


翼の生えた少女ならざる少女は、そうシャルルを殺したアグメルに向けて手を突き出す。アグメルは数歩退くが、少女が彼に更に詰め寄る。


「私が作った聖皇都アリスリを半壊させたことは褒めてあげる。でも貴方の天力はもうすぐ尽きるんじゃないかしら?」

「そ、そんなことはっ!」


そう2人が会話を続けている時。

不意に、ピクリと動いたシャルルの躰は、


「ウリ...ル.....ウリエ......ル」


そう少女の名を口ずさみながら立ち上がる。


「えっ!?」「んなっ!」


その様子を見たアグメルらはもちろん驚いた。


「お前は何も....すんな...」


先程、アグメルによって作られた腹部に空く穴を左手で押さえながらそうウリエルに言う。


「ぐっ....」

「シャルル!!」


シャルルの傷口から血が吹き出す。ウリエルはそれを見て彼の名を呼び、腹を押さえる。


「もう動かないで!それ以上動いたら...死んじゃう.....」

「心配...すんな......俺は、死なない、ぜっ」


シャルルは親指を立てた拳をウリエルに見せ、そう笑顔で答える。

一歩一歩ゆっくりと足を引きずりながらアグメルに向かって歩いていくシャルル。

銀髪で蒼い瞳の少年。その蒼い双眸は酷く残虐な殺意に呑まれていた。


「アグメル!」


自らを瀕死に追いやったその男を名指す。


「なんでまだ動けるんだよ...?」


アグメルは彼の覇気に慄きのけぞる。


「最後の力を振り絞るってやつ、かな...はは、始めようか」


宣戦布告とでも言うべきか。

シャルルは瀕死、アグメルは無傷。

人間対神━━勝敗のわかりきった戦い。


「そんな状態で俺に勝てるとでも...?」

「........」


シャルルはアグメルの嘲りには耳を貸さず、目を閉じ押し黙る。ウリエルは彼の行動を読めたようで、止めようと叫ぶ。


「シャルル!ダメだよその力を使っちゃ...!今の状態でそれを使うのは、貴方の躰には負担が大きすぎる!!」

「....っ」


ウリエルの忠告も耳に入らなかったシャルルは一瞬身動ぎ、両腕をアグメルへと向けると、


「マクトリア・リゾメンスド・エクイル」


とある言葉を詠唱した。


「お願いシャルル!止めて!!」


シャルルの手のひらに黒いエネルギーが現れる。それらは、手のひらの上で集い、十数センチほどの球体を形成した。シャルルがその球体を押し潰すように両手で挟むと、無数の光線がそれから放たれる。それは不規則に発射されているが、一つ一つが意志を持ったようにアグメルや、アグメルに従う者共を散らしていく。

だが。

一瞬、大きな衝撃波が発生し、ふらっとシャルルは躰が揺らぐと共にそのまま床に倒れ込む。すると、操っていた者が消えた球体から光線が乱射され始めた。それは聖皇都ごと次々と貫いていく。

激しい音を立てながら天井や壁が落ちて、建物が崩壊し始める。


シャルルは未だ床に倒れたままで動かなかった。アグメルは胸、腕、足を光線に貫かれ悲鳴を上げる。


「シャルル!」


ウリエルは血に塗れたシャルルを抱き抱えると、その白い翼を大きく広げ羽ばたいた。

崩壊していくその現実から逃げ出すように。


空へと飛び去った2人をただ呆然と見届けるアグメルの表情はとても切なく、寂れていた。そして、にっこりと似つかぬ満面の笑みを見せると。


ぐしゃっと。


天井から降り注いだ瓦礫に体を潰され、血が散った。

周囲は逃げ惑う仲間たちによって騒がしかった。


その時、アグメルの躰が白く淡い光に包まれたのは、まだ誰も知らない。

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