第4話 猫を被っていたんですか!?

「姉ちゃん!腹減った!俺、ピザトースト2枚ね!」


部屋で茶封筒に入った現ナマを数えて、ホクホク顔になった淳が茶の間にもどってきた。


「クラウドもお腹空いたデシ・・・。みよるシャンのピザトーストが食べたいデシね・・・。」

「えっ!?」


淳と美夜はショボンとした顔でお腹を撫でているクラウドを見た。


「いやいや!失礼しましたでございますデシ!

わたくしも緊急でこちらへ参りましたので、朝食をとっていなかったのでございますデシ!」


淳と美夜はキョトンとして顔を見合わせた。

自分たちもお腹が空いていることに気づいて、先ほどのクラウドの顔なんて、どうでもよくなっていた。


「クラウドさん。朝食はピザトーストとココアですが、宜しいですか?」


いつも弟の淳に出しているお決まりの朝食・・・。同じものをクラウドにも食べてもらうことに恥ずかしさを覚えながら、美夜はおずおずとクラウドに言った。


「みよるシャ・・・、美夜さんが作ってくださる朝食でしたら、

なんでも美味しくいただかせていただきますでございますデシ!

わたくし、飲み物を作るのが得意なのでございますデシ!

よろしかったら、わたくしにココアを作るお手伝いをさせていただけますでございますデシか?」


クラウドは嬉しそうに美夜を見つめて言った。


「それじゃあ、まず、その羽根をなんとかしていただけませんか?

玄関からクラウドさんが入ってくるときに、その・・・、羽根が花瓶にあたりそうになって危なかったので・・・。それに家は狭いですし・・・。」

「それはそれは、失礼対しましたでございますデシ!

一度、翼を出すとしばらく時間を置かないとしまうことができないのでございますデシ!

えっと・・・。」


クラウドは左腕の時計を見た。


「もう、大丈夫でございますデシね!では、翼をしまいますでございますデシ!」


そう言うと、クラウドの背中から生えていた真っ白い翼の周りが薄明るく光を放ち始め、

スーッと背中から翼が消えていった。

話し合いが終わり、クラウドは一安心したような顔をしたが、突然、ハッとしたような顔をして、

スーツケースから分厚い書類を取り出して、美夜を淳の前に差し出した。


「申し訳ございませんでしたでございますデシ!

この系釈署にお二人のサインをお願いいたしますでございますデシ!

美夜さんと淳さんのお二人と正式に契約を取り交わさないといけませんので、

まず、契約書の内容をご説明させていただきますでございますデシ!」


美夜は契約書を注意深く見ていた。

クラウドは契約書の内容をかいつまんで説明し始めた。


契約書の内容はしっかりとしたモノだった。

美夜は何かと契約関係に詳しいので、契約書に不備がないか、注意深く見ていた。

クラウドの契約書の説明が終わると淳は呆然としていた。

かいつまんで説明された内容でも、淳はしっかりした契約だということが良く分かった。


「それでは美夜さん、淳さん!契約書にサインをお願いいたしますでございますデシ!」

「あっ!はいはい!ここにサインすればいいんですね?姉ちゃん!」


淳はいつまでも契約書とにらめっこをしている美夜を促した。


「う、うん・・・。もうちょっと、しっかり契約書を読まないと・・・。」

「姉ちゃんは契約書とか書類関係にうるさ過ぎるの!大丈夫だよ!ほら!サイン!」

「そうだね・・・。淳が言うなら・・・。」


2人はクラウドが差し出した契約書にサインをして、契約書の控えをクラウドが2人に渡した。


「あの・・・、お腹がとっても空いたんデシけど・・・。」

「あっ、そうですね!今、ピザトーストを作りますね!」

「もう、敬語でしゃべる必要はないデシね!契約は成立したんデシから!

クラウドは飲み物系を作るのが得意デシよ!

ココアを作るお手伝いをするデシね!」


契約が成立した途端、クラウドのしゃべり方が変わり、美夜と淳は呆然としてお互いの顔を見合わせた。


「どうしたデシか?

早く、みよるシャンにピザトーストを作ってほしいデシね!

クラウド、みよるシャンの手作り料理を楽しみにしていたデシ!

お腹ペコペコデシよぉ!」

「えっ!?あっ!はいはい!」


美夜がキッチンへ向かおうとすると、淳がクラウドを睨んだ。


「お前、猫被っていたなぁ!!!なんだ!?そのしゃべり方は!?最初から変な敬語を使っていたと思っていたけど!?」


淳は半ギレになって、クラウドに向かって叫んだ。


「アツシ、うるさいデシよ!もう、契約書にサインしたデシね!契約は成立しているんデシ!

契約書をもう一回、よく見ればわかるデシよぉ♪」

「お前なぁ・・・。『みよるシャン』とか呼んでいたけど、それ姉ちゃんのことか???」

「当り前じゃないデシか!

クラウドはこの仕事に任命されてから、美夜さんのことは『みよるシャン』と呼ぼうと決めていたデシね!お前なんか『アツシ』で十分デシ!」

「テメェ!ホントに天使なのか???こんな変な天使なんて聞いたことないぞ!!!」


完全に淳はキレていた。


「アツシは本当にキレやすくて、うるさいデシね!調査ファイル通りデシ!

それじゃあ、クラウドが正真正銘の天使である証拠を見せるデシ!!!」


クラウドは立ち上がって、右手を天に向かうように真っすぐに上げた。

茶の間は突然、真っ暗になり、クラウド、美夜、淳の3人の足元に丸い地球が見えていた。


「ギョェェェエエエ!!!地球が!?どうなってんだ???」


足元の光景に淳はパニックしながら叫んだ。


「今、クラウドたちはワープしてきたデシよ!ここは宇宙デシ!アツシ!このまま太陽系一周旅行をするデシか!?」

「空気は!?空気が無いのに俺たち苦しくないぞ!?」

「みよるシャンとアツシの周りに空気の層ができているデシ!いくらでも呼吸できるデシ!」


クラウドはムキになって淳に話した。


「あっ!しまったデシ!!!」


現状を把握しようと必死になっている淳をほっぽらかして、クラウドは美夜の側に駆け寄った。

美夜は四つん這いになって、心臓を抑え、ゼェゼェと苦しそうに息をしていた。


「みよるシャン!これを飲むデシ!単なる自律神経発作デシから、すぐに止まるデシ!」


クラウドはスーツのポケットから小さなガラス瓶を取り出した。

中には透明な液体が入っていた。


「みよるシャン、大丈夫デシよ・・・。これは天界の薬デシ。発作なんて、すぐ止まるデシ!」


美夜はガラス瓶の液体を一気に飲み干した。

少しずつ、少しずつ、美夜の息が静かになっていった。


「アツシ!予定変更デシ!1人で太陽系一周旅行に行ってくるデシ!!!」

「ちょっと、待った!!!どうやって、行くんだよ!?それより姉ちゃんは???」

「大丈夫デシ!天界で特注した薬を飲ませたデシ!もうすぐ、発作が治まるデシ!」

「わかった!お前が天使だってことはよくわかった!

この情景を見れば誰でもわかる!

足元には青い地球!見上げれば、どう見てもこれはテレビで観た宇宙空間!

しかも、ご丁寧にこれ、気象衛星じゃね!?テレビで観たことあるやつだよ!

え~っと・・・、なんだったっけ・・・???」


淳は目の前に広がる光景をまじまじと見ながら言った。


「もういい!わかった!太陽系一周旅行はいいから、家に戻してくれ!」

「わかれば、いいんデシ!最初から天使だって、言ってるじゃないデシか!!!」


少しブスくれたクラウドが左手を上げると一瞬にして、神宮寺家の茶の間に戻ってきた。

淳は周りを見回して、自宅の茶の間であることを確認していた。

四つん這いになって、ゼェゼェと息を息をしていた美夜は静かに脈を打っている心臓を押さえていた。

発作が起きれば、しばらくは心臓が痛み、苦しい思いを必死でこらえなくてはいけないのに、美夜の身体は冗談みたいに楽になっていた。


「ますます、お腹空いたデシ・・・。クラウド、ピザトースト3枚食べたいデシね。

みよるシャン・・・。クラウド、みよるシャンのピザトーストを楽しみにしてきたデシ・・・。

作ってくださいデシ・・・。」

「あっ!はいはい!じゃあ、作りますね!」


美夜は淡々とキッチンへ行こうとした。


「姉ちゃん。俺・・・、ちょっと、部屋に戻って、横になる・・・。

ビックリした!!!本当にビックリした!!!

朝飯どころじゃねぇぞ!!!姉ちゃん、ビックリしないのかよ???」

「もう、ビックリし過ぎちゃって、どうでも良くなっている・・・。」


発作が治まって、静かに脈打つ心臓を確かめながら、美夜は淳に笑いながら言った。


「さすが、みよるシャン!調査ファイル通りデシね!開き直っているデシ!度胸あるデシね!」

「私、すっごくお腹空いちゃった!ピザトースト作るね!」


美夜は嬉しそうにキッチンへ行った。


「クラウド、ココア作るデシよ!お手伝いするデシ!」


嬉しそうな美夜の顔を見ると、クラウドは一緒に神宮寺家のキッチンへ行った。


茶の間に残された淳は仏壇に置いてある母親の写真を見上げた。


「姉ちゃん!今日、母ちゃんの命日じゃん!俺、花買ってくるわ!」

「わかった~!ピザトーストどうする?すぐ出来ちゃうよ!」

「食ってから行く!なんか、急に腹減ってきた・・・。」

「アツシ!ココアも飲むデシ!クラウド、ココア大好きデシ。甘い甘いココア、作ってあげるデシ!」

「はいはい。よろしくお願いしま~す!」


こうして、神宮寺家の遅い朝食作りが始まった。

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