第5話 未来の村④
食事を終えて、ナタリーと別れた後。
部屋でぼんやりと空を見ていたウィラと合流して宿の外へ出た。部屋で何をしていたのかと聞けば、帳の整理だと返された。
「この村に返す子供たちがいる。そいつらに声をかけていた」
「森の動物みたいな?」
「そう。ここが故郷の奴らだ」
夜の中で生きる生物たちが故郷に戻れると聞くと、それが何であれ少し嬉しい。同時に自分の居場所を奪った……いや、自分がいたところに戻った白い子狼とその両親のことを思い出して、少し寂しくもなるけれど。
村の中を歩くウィラはたちまち注目の的となった。真っ黒のワンピースに黒のレースの日傘を差して、一人だけ影の中を歩く令嬢に皆が声をかけ、出身やら旅の目的やらを聞いてくる。ウィラは薄く微笑んで、この子を会わせたい人がいるのだと僕の背中を撫でた。詳しく話せない事情があるとその一言で伝える表情と声音に僕は舌を巻いた。
ウィラが村人の相手をしている間、僕はこっそり村の中を見回していた。
宿でナタリーに聞いたようにこの村には妊婦さんがたくさんいるようだった。重い荷物を持って止められている人や、玄関先で日光浴をしながら赤ちゃん用の服を編んでいる人、互いのお腹を見せ合いながら談笑している人たちなど、自分の村ではあまり見なかった光景を思わず凝視してしまう。
「どうしたの。赤ちゃんが気になる?」
彼女たちは僕に気がつくとそう声をかけ、そして膨らんだお腹に触らせてくれた。時々動くその肌の下に、目も開いていない赤ちゃんがいるという神秘に僕はドキドキした。
「生まれたらまた会いにきてね」
「うん」
未来の母親たちの優しい声に頷きながら、僕は新しい命でいっぱいのこの村を想像した。それはとても明るくて、幸せそうな光景だった。
「彼女らの子供は産まれないぞ」
「えっ?」
村を出て、馬の蹄に均された道をウィラに着いて歩いていた僕は驚きのあまり立ち止まった。
「言っていなかったか。まあ村の人たちには秘密にしておけ」
ウィラは事もなげにそう言った。
「な、なんで産まれないの? だってあんなに大きくなってたのに」
僕はもつれる足でウィラに追いつくと、傘の影の中にある白い顔を見上げた。長い睫毛がはさりと瞬く。
「理由は二つあるが、一つには」
「うん」
「夜が来ないと、日が明けないからだ。"次の日"が来ない」
「……そうなの?」
「ああ。お前たちが次の日だと思っているのは、実は繰り返しているだけの同じ日だ」
時間が止まっているということ、と聞けば肯定が返ってきた。
「作物は腐らず、誰も老いず、腹の赤子は産まれない。良い世界かもしれないが、俺は好きじゃない」
「……未来がない、んだ」
僕は茫然と呟いた。ウィラは鷹揚に頷き、顔をしかめる。
「その通り。永遠に続く安寧を求めた救世主は、この世界から"安寧以外の全て"を消した。夜を戻しても全てが返るわけではないだろうが、できる限りのことはしよう」
「……うん」
僕は産まれない子供たちに想いを馳せた。ウィラに言われて気がついたけれど、自分の村で「新しいこどもが産まれた」という記憶が一切ないのだ。赤ちゃんを育てている夫婦も、妊娠している女の人もいたけれど、彼らはずっと、ずうっとそのままだった。
「誰もこれに気がついていないのって、全部大昔に昼の精霊と勇者って人がやったことなの?」
「そうだ。この世の理を踏みにじる悪行だ。そうだろう? 世界の管理者としても、いち人間としても、許される範囲を超えている」
「……僕もおかしいと思っていなかった」
「それが奴らの施した魔法だ。だが、人々がかつて持っていた常識を封じ込めることはできても、消すことはできない」
ウィラは足を止める。そして僕の頭を撫でた。
「だから誰かが気付き、そして世界には綻びが生まれる。常に。さあルキ、お前が行きたい方向を教えてくれ」
僕は周囲を見渡す。
そしてふと、落書きがされている石がいくつか転がっているのに気がついた。幼児の使う絵具で描かれた赤や黄色の花が小さく地面に咲いている。
そこを指させばウィラが僕の手を取った。
「行こうか。きっとそこに洞窟もある」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます