第4話 未来の村③
宿屋——『木陰亭』というらしい——で提供された食事はどれもこれも美味しかった。素材をそのままかじるのも悪くはなかったが、やはり温かく料理されたものはお腹を優しく満たしてくれる。ひき肉を捏ねて焼いたものにベリーのジャムがかかっていたことには驚いたが、甘酸っぱいソースと塩気のある肉の相性に再び驚いた。
焼いてから数日置いたであろうパンや乾燥させた野菜が多かったのは、収穫したものをそのまま食べるよりも一旦保存できる形にしてから料理するのがこの村の文化だからだそうだ。
また文化。習俗、習慣。
同じ人間が似たような暮らしをしているのに、些細なところで違いがある。何となくではあるが、僕はその違いを飲み込めるようになった。食べ慣れない料理と同じだ。口に入れた時は驚くが、咀嚼してみると納得する。人はみなそれぞれが違うやり方で生活を営んでいるのだ。
僕のテーブルにナタリーが飲み物のおかわりを尋ねに来たので向き直る。
「ねえ、ナタリー。忙しい?」
「え……?」
「一緒にお昼食べられないかな。一人だと退屈だし、ナタリーと話がしたいんだ」
「あら、あらあらあら良いじゃない。ええ、もちろん!」
給仕をしていたナタリーを食事の席に誘うと、なぜか女主人の方が喜んでそれを承諾した。僕の隣にいそいそと彼女用の食器を並べ、ナタリーの背中を押してそこに座らせる。周囲の客も何だかんだと囃し立て、ナタリーは気まずそうに体を動かしていた。
「……僕なにか変なことした?」
「べ、別に」
「仕事中だったのにごめんね」
「どうせ交代の時間だったし。……それで、話って何」
彼女は相変わらずクールだ。さっきより顔が赤いのは、給仕の仕事が忙しくて汗をかいたからだろう。
ナタリーに聞きたいことは色々とあったが、まずはこの食堂の天井を見上げた。二階まで吹き抜けになっていて、食堂を囲むように客室の廊下がぐるりとめぐっている。内側からだと、建築様式の違いはよく分からないようになっていた。
「何でこの村の建物はこんな簡単な造りなの? すぐに崩れちゃわない?」
「建物の……造り?」
「うん。僕、父さんが大工だったんだ。正確には大工じゃないんだけど、とにかく、建物を建てる仕事」
正確には"父さん"でもないのだけど、と胸の痛みを押し殺した。父さんじゃないけど、でもいずれ後継になるかもしれないからと、建物がどうやって立っているか教わったことがあるのは本当だ。
「僕の村では煉瓦で壁を作っていたから、全部そうしないのはなんでかなって」
「ああ、壁のこと」
ナタリーは当然のことを答えるように平然と言った。
「丸太とロープを使えば、壊れたときに簡単に作り直せるでしょう」
「うん」
「石だと作り直すのにも時間がかかるの。だからこう」
「うん。……うん?」
「何、大工の子なのにそんなことも分からないの?」
「いや、えっと、家が壊れるの?」
「壊れないわよ。でも、壊れた時はすぐに作り直さないといけないでしょう。風ざらしで眠るわけにもいかないし」
「……それも文化?」
「そうなんじゃない」
彼女の答えを聞いて僕は首を捻ってしまった。異なる文化でも理解できると思ったのは間違いだったかもしれない。ナタリーは何が楽しいのか、難しい顔をする僕を見て鼻で笑った。その表情がやけに似合っていて可愛かった。
「この村には、君くらいの歳の子ってあんまりいないの?」
「いるけど、あんまり会わない。外に出ないから」
「……別にこの村は危なそうには見えなかったけど」
「子供には危ないの。それに平気よ。あと二年で自由に歩けるようになるし」
ナタリーは大人びた仕草で肩を竦めた。
それからは他愛もない話をして、二人でオレンジ色の果物を食べた。薄い皮の下にみずみずしく甘い果肉が詰まっている。知らない土地でまた一つ好きなものができた。
彼女の家族についても教えてもらった。母と姉との三人でこの宿屋を営んでいるらしい。「あれがお姉ちゃん」と彼女の指差す方を見れば、快活な笑顔で食器を運ぶ若い女性がいた。ナタリーと手伝いを交代したのだろう。常連客らしいお爺さんと仲良さげに話している。驚いたことに、お姉さんも大きく出っ張った丸いお腹をしていた。
「赤ちゃんがいるんだね」
「うん。もうすぐ生まれるって」
「おめでとう。でもあんなに働いてて良いの?」
「体を動かしてないと落ち着かないんだって」
同じようにお腹に赤ちゃんがいる果物屋さんの話をしたら、それはお姉さんの友達だと教えてくれた。他にもこの村には妊婦さんが大勢いるらしい。
「だから来年はみんなの赤ちゃんが生まれて、すごく賑やかな村になるの!」
ナタリーはとても楽しみだと頬を紅潮させて笑っていた。
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