第3話 未来の村②
地図の通りに進んでいけばフィアスト村唯一の宿屋に着いた。馬は建物の裏手の厩舎へと引かれて行ってしまった。しばしのお別れだ。
宿屋は二階建てで、この村の他の建物と同じく木と布の簡単な作りをしていた。
しかしよく見れば、建物の奥半分はしっかりと煉瓦が積まれて固められた壁だった。窓枠に囲まれたガラス窓もある。しかし通りに面している側は、窓どころか扉だって木板を蝶番でくっつけただけの簡素なものだ。
奇妙なことに、この村の建物は表側と裏側とで真ん中からはっきり作り方が違っていたのだった。
「ねえウィラ、ここの建物はどうしてこんな作り方なの?」
「俺じゃなくて、この村の奴に聞いたらどうだ」
ウィラはそう言ってため息をつくも「そういう文化なんだろ」とだけ答えてくれた。
文化。文化という言葉の意味を僕自身が理解しているとは到底言い難い。したがって彼女のそれは僕への答えになってはいなかった。
しかし住んでいる人にその理由を尋ねるべきなのは彼女の言う通りである。僕は大人しく頷いた。
宿の中に入る。一階は広い食堂になっていて、昼の食事時なのかそこそこ賑わっていた。給仕をしていた女の人が僕らに気づいて寄ってくる。恰幅の良い赤毛の女性だ。長年客の間で大声を張り上げてきたのだろう、よく通る明るい声は少し掠れて耳に馴染んだ。ここを訪れた誰もが彼女を旧知の相手だと錯覚してしまうほどに。
「いらっしゃい美人さん。食事? それとも宿泊?」
「両方だ」
ウィラの返事に女主人は頷いて笑みを深める。声と同じく、きっとこれも長年この顔が作り慣れた表情だ。谷折り線をなぞるように笑い皺が刻まれた。
「はいよ。なら先に部屋だね。その重そうな荷物を置いてきな。ナタリー! お客様をご案内して!」
女主人は奥の扉に声をかけた。
ギィ、と戸が軋む音と共に現れたのは、僕と同じ歳くらいの女の子だった。赤い巻き毛にそばかすを散らした素朴な少女。炊事仕事をしていた最中なのだろうか、濡れた手元をエプロンで拭っている。
「……いらっしゃいませ」
少女はポツリと呟くと、無言で僕たちを先導する。どうやらあの明るい女主人とは真逆な性格らしい。ウィラは気にしていないようだったが、僕はこの村で出会った初めての子供とせめて少しでも会話がしたくて、早足に階段を駆け上がって彼女と並んだ。
「こんにちは、僕はルキ。最近旅を始めたんだ」
「そう」
彼女の返事はクールだった。僕はめげずに会話を続ける。
「ねえ、この村って君くらいの子供は少ないの? 外では誰も見かけなかったけど」
「……みんな家の中にいるだけ」
「そうなんだ。家の中で何してるの?」
「大人の手伝い」
「みんなで遊ばないの?」
「遊ぶ?」
彼女は怪訝そうに僕を見た。身長は同じくらいなのに、目を細めているから見下ろされているような心地だ。
「子供は外に出てはいけないでしょう。外は危ないから。……あなたこそ、どうして子供なのに旅をしてるの?」
「えっと、……やることがある、から」
今度は僕の方が戸惑う番だった。
子供は外に出てはいけない? 子供は外で元気に遊ぶのが仕事だと周りの大人たちから言われて育った僕には聞いたことのない理論だった。
これが「文化」というものなのかもしれない。家の建て方、子供の扱い。
僕の返事に納得してはいない顔で、彼女は部屋の扉を開ける。質素なベッドが二つ並んだ清潔な部屋だ。机と服をかける場所、そして小さなドアが二つ。
部屋の使い方を説明した後、ナタリーはすぐに階下へ戻ってしまった。もっと聞きたいことがあったのにと不服げにベッドへ腰を下ろした僕と裏腹に、ウィラは何かに納得した様子だった。
「成程成程。ルキ、さっさと食事をしてこい」
「さっさとって……ウィラは食べないからいつも急かす」
「済んだら用があるんだ。俺の探し物に付き合ってくれ」
「探し物? ええと、夜にするための綻びってやつ?」
「いや、別物だ。綻びはもうある」
「え!?」
「夜の時間になったら帳を下ろせる。簡単な仕事だと言っただろう」
ウィラは得意げに笑った。僕には何が何だか分からないが、きっと精霊にしか理解できない感覚なのだろう。
ともあれ、自分が頼まれていた『綻びを作る』という曖昧な仕事をこなせていたことに安堵した。実は上手くできるか不安だったのだ。
「じゃあ何を探すの」
「洞窟」
洞窟? また変なものを探す。
理由を聞いてもどうせ答えてはくれないだろうから、僕は素直に頷いた。
その拍子に、ポケットに入れたままの果物の存在を思い出した。ウィラはどうせ食べないし、これはナタリーと一緒に食べよう。
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