補話・大魔導士の記
————クソ、最悪だ!
大魔導士トリス・フェルベス、及び光の精霊は自室で目を開いた。呼吸は荒く、人間を再現した体はひどい汗をかいている。気分を落ち着けるように長く息を吐き、頭をかかえ、今起こったことを脳内に反芻する。
彼は普段、自室の床に胡座をかき、この世界のあらゆるところに飛ばしている自身の視界を管理している。
そして見つけた世界の隙間を、再び接着するのが仕事だった。
数十年に一度、この世界は大規模な修正が必要になる。
普段は少し違和感を指でなぞってやるだけで対処できるのだが、規模が大きい傷跡ほど、問題を溜めて溜めて溜めた後に大きな裂け目として不意に表出するのだ。
今年はとても厄介だった。
特に辺境の村の裂け目は最悪だった。
勘の鋭い子供が指を突っ込んでこじ開けようとしていたのだ。
何を置いても早急に対処しなければならず、「王都からの使節団」をそこへ派遣した。数十人単位の動きを違和感なく制するのはとても疲れるのだが、万が一にもその子供本人に疑惑を残さないためには、全力を尽くすのも仕事のうちだ。
しかし、事態は想像よりも逼迫していた。
その子供(より最悪なことに、白髪の子!)はもう、手の施しようがないレベルまで戻っていた。
普段の手法で回収しようとしたことは自分のミスだった。戻った子が反抗することは分かりきっていたのに。しかもそのミスのせいで、攻撃行為の発現まで退化を許してしまった。悔やんでも悔みきれない。
あの黒女が何と言おうと、私はあの子供を殺すべきだったのだ。
いや、何もかも全てアレの策略だったのかもしれない。
「あの女…………」
"神"を引き合いに出され、うっかり丸め込まれてしまったが、嫌な予感に警告が鳴り止まない。大人しくあの子供を閉じ込めて満足してくれていたら良いのだが。
他の仕事を放置するわけにもいかない。修正点は他にもたくさんあるのだ。
数百年の時を経たこの世界に、不具合は増え続けるばかりだ。
大魔導士は立ち上がる。
そしてふらふらと自室を出た。
向かう先は、神の玉座。己の愛する勇者が座る場所。
「あーもー……助けてください、私の光〜〜。人の世に生まれた光の化身、ああ、トリスはもう限界です……」
仕事のことは一旦考えず、あの暖かな光に包まれたい。
有り体に言えば、仕事でミスした自分を慰めてもらいたいのだ。
両開きの扉を開き、その先にいる人の姿を見て、大魔導士は相好を崩す。薄い紅が差すその顔は、恋の幸せに満ち溢れていた。
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