補話・ライコス村について


 

 ライコス村

 人口500人足らずの小さな集落。

 王都からは離れているが、隣国との国境には近く、常に人の流れがあるため文化水準は低くない。

 旅の途中にこの村を訪れる者が多く、また村人も訪問者を歓迎する明るい気質であるため、文化交流の場として国内でも重要な位置を担っている。


 この村では、訪れた旅人に教わった技術や、宿の礼にと譲られた道具を使って農耕を営んでいるため、年中通して豊かである。

 村の農耕地には全て"肥沃の石"(※土地の栄養分を増殖させるマジックアイテム。二級以上の土魔道士であれば作成可能だが、作成に一年以上かかるため希少)が埋め込まれている。これにより穀物の収穫量は通常の耕地に比しておよそ倍となり、果物は甘く、野菜は大きく味も良く育つ。また、この石の埋まった肥沃な土地で育った牧草は、家畜の肉質を向上させ、繁殖効率も上昇させる。

 機械や道具も最新式のものが多く、およそ辺境の村では考えられないほどに食べ物が美味である。

 

 訪問者が多い村であるのに、村内に宿泊施設は一つもない。旅人好きの村人が、競って自宅に泊めたがるためである。この村に入った瞬間から、村の子供たちにまとわりつかれ、是非自分の家に泊まってほしいと口々に勧誘されるだろう。

 家では温かで伝統的な家庭料理と美味い酒が惜しげもなく振る舞われ、食事の伴にと旅の話をせがまれる。気持ちよく話して、酔いが回ったところで、疲れた体をふかふかのベッドに沈めるのだ。実に最高の滞在となろう。


 このように、ライコス村は旅人にとってこの上なく魅力的な村だ。近くを通る際はここで補給と休息を取るべきであると、旅人の間で必ず話題に上がる。

 一方で、「居心地が良すぎるあまりに村へ定住を決めてしまった者」が時折現れる。どれほど草枕を愛する根っからの放浪者であろうと、温かな寝床と明るい家の魅力には抗えないのかもしれない。

 また、村の外れにある森には狼の群れが生息しており、村人のために退治しようと意気込んだ血の気の多い者が、翌朝無残な姿で発見されることもあるらしい。

 滞在中は家から出ないよう気をつけた方が良いだろう。



 *****



「あの村へは行かない方がいい」


 勇者の一行に恐る恐る近づいたひ弱そうな男が、震えながらそう告げた。


「あそこへ行った者が、もう何人も犠牲になっている」


 酒場でそれを聞いた他の者たちは、杯を片手に笑い転げた。


「勇者さん、そいつの言うことを間に受けちゃいけねえ。自分とこの小麦を使うより、あの村の小麦を使った方が美味いパンが作れるってんで僻んでんだ」

「そうとも。あいつらはあの村に住むことにしたって手紙が来ただろうよ」


「ひ、筆跡がちがうだろう!」


「ひっせきぃ? アッハッハッハ、さすが王都の学校を卒業した人は言うことが賢いねえ!」

「ペンが変わりゃあ書き方も変わるさ。紙だってうちのより上質なんだろ」


 勇者は杯を置き、その男へ向き直った。

 そして真剣な顔で問う。


「詳しく聞かせてもらえるか」


 男は救われたような顔になり、そして声を潜めて話し出した。


「あの村は、人狼たちの村だ。子供や食べ物で旅人を騙し、家に誘い込み、食っている。勿論全員じゃないさ。怪しまれるからな。珍しいもんを持ってる奴、金がありそうな奴を選んで、獲物にしている。ああ、賢しらな怪物どもの村さ。もてなしに満足して帰った旅人に村の良い評判を吹聴させて、新たな犠牲者を次々に呼び込んでるんだ——————」



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