第24話 旅立ち⑤


「あとは金だな」

「…………お金」

「どうする?」

「ウィラは大人でしょ。お金持ってないの」

「あるわけない。俺は精霊だぞ」


 彼女は偉そうに言い切った。


「俺たちがするのは世界を救う旅だ。村の金を多少持って行ったところで、正当な報酬だと思わないか?」

「うーん……」

「後でもらうべきものを、先にもらっておくだけだ。返したければ、旅の中で増やして、彼らが目覚める前に持ってくればいい」


 それが正しいとは言えなかったが、かと言って正しくお金を入手する方法なんて今の僕では思い浮かばなかった。子供と精霊で働くわけにもいかない。


「行き倒れないためには仕方ない、かな」

「意見が一致して嬉しいぞ」


 ウィラはニヤリと笑い、ふらりとどこかへ出ていく。そして金貨の音がする大きな皮袋を手に戻ってきた。聞けば、村長の家から持ってきたらしい。

 こんなにたくさんのお金を見た事のない僕は、皮袋を覗いて小さく歓声をあげてしまった。

 するとウィラが吹き出す。


「やはりお前は夜の子だ。素質がある」

「素質って?」

「悪いとされる事への抵抗がない。嘘も反抗も暴力も初めてなのに、理由があれば受け入れただろう」

「……別に悪いことをしようとしてるわけじゃない。嘘ついたのも、反抗したのも、その時必要だったからだよ」

「その通り。必要だ」


 ウィラは嬉しそうに頷き、そして少し寂しそうに瞳を翳らせた。


「この世界には、利害がある。対立がある。それぞれが別のことを考えているのだから当然だ。大切に思うものや、目標としているものが違えば、当然相手と争うこともある。騙したり、害したり、それは確かに忌むべき行為だったかもしれないが……ただ無闇にそれらを消し去るだけが、良い世界の作り方ではない」


 何となく分かる気がして、僕は頷いた。

 彼女が目指していること、しようとしていることが徐々に僕の中で輪郭を取っていく。


「今、この世界で生きる者たちは、いわば”神”の理想通りに思考や行動を調整されているんだ。明るく朗らかな”良い存在”しか許されない世界。……それはひどく息苦しい」


 だから変えよう、と彼女は寂しげな瞳のまま微笑んだ。

 僕はもう一度強く頷いて、彼女の手を取った。

 家を出る。空にはずっと月が輝いている。

 まるでそこに穴が空いていて、誰かが中を覗き込むために照らしているようだった。覗き込んで、僕が生まれ育った村に起きたことを興味深く眺めているかのようだった。


 荷物を持ち、農場の馬を借りる。これもいずれ返せばいい。

 一番毛並みが揃っていて体が大きな一頭に、ウィラが慣れた手つきで鞍を乗せている。寝ているところを起こされた馬は思慮深い瞳で大人しくしていた。

 荷物をくくりつけた馬にまずウィラが乗り、そしてドレスの裾に掬い上げられた僕がその前に乗せられる。後ろから回された手が手綱を握り、そして軽く腹を蹴ると馬は歩み出した。村の入り口、いや、出口に向かって。


「落ちるなよ」

「大丈夫だよ」


 彼女の腕が僕の体をすっぽり覆っているから、落ちる心配なんてなかった。

 揺れる馬の上で、僕は後ろを振り返る。

 闇に沈む村はもう仔細が霞んでしまっていて、寝ている狼たちが塊の影となっていく。

 僕の知っている村の姿はどこにも見当たらない。眠る彼らは見送りの言葉もかけてくれない。

 僕らは心の中で一言別れを告げて、そして前を向く。

 ウィラの腕の中、馬の背の上。不規則に揺れる不安定な場所であるのに、心はひどく安らいでいた。

 

 馬は一歩一歩土を踏みしめ、そしてとうとう村の敷居を跨ぐ。

 ここから先は、未知の世界だ。


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