第23話 旅立ち④


 目を開ける。みじろぎをする。そこはウィラの腕の中だった。


「起きたか」


 頭の上からウィラが覗く。

 前髪を払う優しい指先が目尻を滑っていった。


「泣き疲れて眠っていたんだ。ああ、可哀想に、目が腫れている」

「……そんなに泣いてた?」


 冷静になってみれば、彼女にしがみついて赤ちゃんのように泣いていたのが恥ずかしくなった。もぞもぞと体を動かし、膝から降りる意思を示す。彼女は優しく僕を膝の上から滑りおろす。そして、眠っているあいだ外してくれていたのだろう僕のメガネを差し出してくれた。


 夜の精霊の腕から解放された先も、また夜だった。

 月光に照らされた村内のそこここで狼が眠っている。


「この狼たちは目を覚まさないの?」

「彼らの眠りは言わば……呪いだ。あの魔道士が呪文を解かない限り、目覚めることはない」

「じゃあ、あの人に頼まないといけないんだ」

「そうなるな。俺では解けない。まあ眠ったままでも大丈夫だ」

「……そうなの?」

「夜の帳の中は何よりも安全で、他の全てから守られている。あまり長引けば、帳の中にいる動物たちに、パンや肉を食われてしまうかもしれないが」


 そういえば、彼女のスカートから出てきた動物たちは夜の森の中で起きていたことを思い出す。夜は眠る時間、しかし、眠らない動物もいる。

 狼の眠る村に夜の帳はよく似合っていた。


 涙の乾いた情けない顔を洗って戻って来れば、ウィラは「荷物をまとめるぞ」と僕の家の場所を聞いた。僕は彼女を先導しながら、両親が自分の親でないと知ったときから気になっていたことを聞いた。


「ねえウィラ」

「どうした」

「僕の名前って誰がつけたの?」

「さあ。何故」

「普通、名前は親がつけるものだから」

「…………」


 ウィラは顎に指を添えて考える。そして首を振った。


「人間の文化を俺に聞くな。アイツがどこかから連れてきたんだろうから、親のことはあれが知ってるかもしれない」

「あのトリスって魔道士?」

「そう。奴に会ったら真っ先に聞いてみればいい。探す時の手がかりにもなる」

「会えるの?」

「いずれ嫌でもあちらから来るだろう。俺がやってる事なんてすぐにバレる。……が、なるべく気づかれる前に事を進めておきたい」


 ウィラは目を細めて僕の頭に手を乗せる。


「というわけで、最初はお前の親探しよりも俺の手伝いを優先してもらうが、構わないだろうか」

「うん、良いよ」

「ありがとう。お前は優しい子だな」


 そのままその手は頭を撫でる。彼女に褒められるのは、悪い気分ではなかった。


 歩いていれば、やがて家に着く。

 僕は自分の持っている中で一番大きな鞄にお気に入りの服や本を詰めていった。時折、隣からウィラが「そんなの要らない」だの「これは入れろ」だの口を出した。

 続いて家の中で一番大きなバスケットに、長持ちする食べ物を詰める。ベーコンや、パンや、チーズ、クッキーや果物も少々。

 長年自分の家であったとはいえ、食べ物をこんなに勝手に持っていっては母さんに怒られるのではないかと一瞬だけ思い、そして、自分の子でない子供のしつけなど母さんは二度としてくれないかもしれないと考えて悲しくなった。再びじわりと滲む涙をごまかすように、僕は片っ端から食べ物を詰め込んだ。どれだけの旅になるのか分からないからには備えを万全にしておこうと言って、ウィラも止めなかった。

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