第21話 旅立ち②
僕はウィラの言ったことが信じられず、しばらくその場で固まっていた。白い狼は静かにこちらを見つめていた。立てた耳が僕の方を向いている。まるで僕の反応を待つかのように。
でも、僕の口から出たのは随分と情けない掠れ声だった。
「今、なんて……?」
「この狼が、お前を育てた彼らの子だと言ったんだ」
「…………」
「お前の本当の親はどこかなんて聞かないでくれよ。俺も知らない」
ウィラの瞳は変わらず夜の光で輝いている。まるで僕の反応を愉しんでいるかのようだと思った。きっとそんなことはないのだろうけど、今まで味方だと思っていた人の口から告げられた衝撃を僕は受け止めきれないでいた。
僕が間抜けに、口を開いたり閉じたりしていると、痺れを切らしたのか白い狼がくるりと踵を返した。そのまま道を駆けていく。
その先には集会所がある。父さんと母さんが寝ている場所が。
弾かれたように、僕も暗闇で揺れるその白い尾を追いかけた。ウィラはそんな僕らの様子をただ見つめていた。
狼が集会所の天幕を抜ける。息を切らせて追いついた僕は、咳き込みながら後を追って駆け込んだ。闇に沈んだ天幕の中では、床にたくさんの影が転がっていた。獣の匂い。ここでも皆、狼だった。
閉め損なった幕がめくれたまま、微かな月光を通す。真っ直ぐに光の道ができた先、睦まじく身を寄せ合うつがいの間に、白の狼が駆け寄り、収まった。二匹は眠ったままなのに、まるでそれが自然なことであるかのようにその子の居場所を空け、そして両側から抱き締めた。
互いを愛し合う狼の家族がそこにあった。
人である僕が入る余地などない。
言葉を尽くした説明は要らなかった。ただその光景だけで、彼らこそが家族であり、僕の親ではないことを、全身が総毛立つほどハッキリと理解させられた。
入口からの光が翳り、僕の後ろに影が立つ。彼女に肩を抱き寄せられるまで、僕は自分が泣いていることにすら気が付かなかった。
涙を流していると、鼻水もたくさん出て、喉が締まって、息を上手く吸えなくなることを、僕は初めて知った。
「お父さん、お母さん」
何度もしゃくり上げながら、知らない狼に呼びかける。彼らはまぶたを上げなかった。尻尾や耳を動かすことすらしなかった。
自分の知っている優しい両親とはもう二度と会えないのだと、思い知り、諦めるまで、僕は二人の名を呼び続けていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます