第18話 真実④


 気がつくと、辺りは暗くなっていた。

 また彼女の——ウィラの帳の中にいるのかとも思ったが、違う。

 視界に映る空の色が暗く沈んで来ているのだ。


 「夕闇だ」


 僕の視線に気がついて、ウィラが言う。


 「これが本来の夕方の色だぞ、ルキ。日が落ちてしまえば、空は暗くなる」

 「……今、夜になってるの?」

 「そうだ」

 「どうして? ウィラはもう、世界を夜にできないんじゃ……」

 「うーむ。説明が難しいんだが」


 ウィラはわやわやと両手を動かして、何かのジェスチャーをしていた。カーテンを開くみたいな、虫みたいな動きだ。


 「勇者とあの魔導士のせいで、俺は世界の隙間に追いやられた。だが、お前がここに来たことで、しっかり閉じていた隙間に綻びが生じたんだ。あの魔導士はその修繕に来たんだが、俺は『自分で繕う』と言ってあいつを追い返した。その綻びから、俺はこの村のある空間にだけ干渉できるようになったってことだ」

 「なるほど……?」

 「ルキのおかげだよ」


 分かったのか分からないのかも定かではないが、何となく、破れた柵の隙間から入ってはいけない場所に侵入する感じなのかな、と想像した。

 ウィラは意味不明なジェスチャーをやめて、両手を膝に落とす。


 「ルキが俺に会いに来た時点で、ここと世界とが繋がった。そして俺のことを覚えていてくれたおかげで、その繋がりは消えなかった。ありがとうな」

 「……別に、お礼を言われるようなことじゃないし。僕のことも助けてくれて、ありがとうございます」

 「ふふ、どういたしまして」


 ぺこりとお辞儀をすると、その頭を撫でられる。また子供扱いだ。

 

 「これから俺たちは協力して、この世界に夜を少しずつ取り戻さなければならない。お前がこうやって綻びを作り、俺がそこから夜を通す。簡単だろう?」

 「確かに簡単だけど、抽象的すぎ」

 「随分と難しい言葉を知ってるな」

 「本が好きだから。……でも僕、綻びの作り方なんて分からないよ。今もどうやったのかなんて分からないし」

 「理解できなくともできるはずだ。現にお前は二回もやってのけた。自信を持て、ルキ」


 そうかなぁ、と首を傾げる。しかし彼女は力強く頷いていた。


 「さてと、出発は明日にしよう。今日はゆっくり家で眠りたいだろう」

 「えっ?」

 「どうした」

 「……出発?」

 「ああ。長旅になる。大概の物は何とかなるから、荷物は最小限にしておけよ」


 出発、長旅。

 そうだ、手伝うと言いはしたが、具体的にどんな風に手伝うのかまでは考えていなかった。世界を直す旅は、当然、世界中を巡ることになるのではないか?

 もしかして自分は、とんでもない安請け合いをしてしまったのかと今さらになって冷や汗が滲んだ。


 「旅、に、出るの? この村の外に?」

 「ああ。この村はさっきも話した通り、もう元に戻したからな。あとは道中少しでも多くの場所で……」

 「え、っと!」


 大声を絞り出し、ウィラの言葉を止める。まさかこんなことになるなんて。

 今さら断るのも格好が悪いし、でもいきなり旅だなんて受け入れられるはずもない。でも、この人の願いを叶えてあげたいのは事実で、でも、そんな急に——


 「どうした」

 「あ、えっと、……と、父さんと母さんに、旅に出てもいいか、聞いてこないと」

 「その必要はない」


 苦し紛れの言葉をウィラはバッサリと否定し、そして立ち上がった。

 彼女が黒いドレスの裾を振ると、泉を多い尽くすほどあった巨大なスカートが、まあまあ豪華なお姫様のドレスくらいにみるみる縮んでいく。

 黒いレースを地面に引きずり、彼女は滑るように村に向かって歩き出した。僕を振り向き、その白い手を差し伸べる。


 「おいで、ルキ。村の様子を見に行こう」

 「…………」

 

 ウィラの金色の眼を見つめ返し、僕はおずおずと手を取った。

 有無を言わせない力強い手が、僕の右手をぎゅっと握った。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る