第14話 使節団④
————目が覚めた。
頭を上げると、視界の端から赤いモヤがかかり、一瞬全てが見えなくなる。
じっとそれが収まるのを待って、僕は数度瞬きをした。
そこは倒れた時と同じ道の上だった。ゆっくりと立ち上がる。砂埃に汚れた服を払う。普段見慣れない服は、使節団のお迎えのために着せられた一張羅だ。
すぐに違和感に気がついた。辺りが静かすぎるのだ。
鳥の声や水車が回る音は聞こえるけれど、人の話し声が一切しない。誰かが動く音も、物がぶつかる音もない。
それもそのはず、見回した限り、目に映るすべての村人が地面に倒れ伏していた。
「……え、ど、どうして」
ふらつきながら立ち上がる。誰も動かなかった。
「何で……、みんな倒れてるの?」
近くに倒れていた人を揺さぶる。呻き声一つ上げなかった。鼻からは静かな寝息が聞こえる。死んでいるわけではないのだと、僕は胸を撫で下ろした。
「……父さんと母さんは」
僕は二人を探して集会所に戻り、天幕を上げる。その中でも大勢の村人が倒れていた。小さく悲鳴を上げ、近くに倒れている両親に駆け寄った。
「起きて! ねえ、二人とも起きてよ!」
叫びながら肩を揺らしても二人は目を覚まさない。泣きそうな気持ちで胸元に耳を当てると、心臓の音と静かな呼吸が聞こえた。少なくとも、死んではいない。心臓を縛る縄が一つ緩んだ。
けれど、異常な事態であることに変わりはない。
少しだけ安心した僕は、もうひとつの違和感に気がついた。
あれだけたくさんいた使節団の騎士たちが1人もいないのだ。
床に倒れているのは村の人だけ。使っていた食器や食べかけの果物を残して、彼らは煙のように消えてしまっていた。
一体どこへ行ってしまったのだろう。まさか、あの魔導士と同じで、全員悪い騎士だったのだろうか。まさか、皆でこの村を滅ぼしに来たのか。
何も分からない。足が竦む。
それでも、
「あいつを捕まえて、全部元通りにさせてやる……!」
声に出して自分を勇気付ける。頬を両手でパンと挟み、倒れ伏す村人たちを見回した。
「起きてるのは、僕だけだ。僕がどうにかしないと」
自分に言い聞かせ、強く頷いて、このままここでうずくまってしまいたい気持ちを意識の外に押し流す。静かに眠る父さんと母さんの顔を見て、そして背を向けた。
目指すは、あの森だ。
走る、走る、走る。
ちらりと見た焼き菓子屋の店頭では、飼い犬のピートも眠っていた。彼に案内してもらうわけにはいかないということだ。「アルビノの子はこちらに惹かれる」と、言われた言葉を信じるほかなかった。
森に入り、深呼吸をする。そして僕は目を閉じた。
目を開いてどれだけ探しても見つからなかったのだ。なら、あの時と同じように、聞こえるものにだけ集中すればいい。
遠くから微かに、男の声が聞こえた気がした。
「……あっち!」
枝葉で肌が擦れることも気にせずに、僕は声がする方へとひた走った。
息が上がる。心臓が跳ねる。走っているからじゃない。きっとあの泉が近いのだと感覚が告げていた。
ガサリと最後の葉をかき分けた時、目の前にはあの黒い泉があった。
こちらに背を向けた深紅のローブが、波打つ水面に何かを唱えている。
僕は何かを考えるよりも先に、そいつの腰に飛びついて、勢いよく押し倒した。
「うわッ」
「……や、やめろ! みんなを元にもどせ!!」
魔術の詠唱を中断されて間抜けな声を上げた魔道士は、呆然と僕の顔を見上げていた。瞬きをするごとに今の状況を理解したのか、みるみる眉間にしわが寄っていく。
「どうしてここに……、いや、いい。何も話さなくていい」
トリスの口が小さく動く。途端、僕の喉が締まった。
「ぅ……ぐっ」
「お前は殺す。もう生かしてはおけない」
冷たい声で言い放った男は、体の上の僕を突き飛ばした。僕は地面にうずくまり、のたうち回った。喉からはカエルの潰れたような声が漏れる。苦しい。痛い。息を吸おうと口を開けば、さらに強く首が締まる。
意識が黒く塗り潰されそうになった瞬間、その苦しみがふっと和らいだ。僕は咳き込んで必死に息を吸う。
「子を殺すために魔法を使うとは、大した魔道士だな」
空間に凛とした声が響く。
泉の上に、黒のドレスをまとった美しい女性が立っていた。
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