第13話 使節団③


 「私と王都に来ないか」だなんて、衝撃的なことを言い出した当の本人は周囲の注目など意に介さず僕の返事を待っていた。


 「王都、に行って、あなたの弟子に?」

 「うん。君なら良い魔導士になれるよ」

 「そんな簡単な……」

 「まあ修行は必要だけどね。勉強も練習も」


 いきなりの話すぎて理解が追いつかない。目を白黒させる僕の元へ、慌てて両親がやってきた。


 「大声出してどうしたんだ」

 「あの、うちの子が何か……?」

 「ルキ君のご両親かな」


 トリス様の問いに、僕はこくりとうなずく。父さんも母さんも少し緊張した面持ちで挨拶をした。


 「この子に魔法の素質があるという話をしていたんだ。この使節団に同行させて、王都に連れて行っても構わないかな」


 トリス様は僕の肩をぐっと掴んだ。

 両親はどちらも目をまんまるくさせて驚いていた。


 当然、僕はふたりが断ると思っていた。


 「良いじゃない、ルキ!」

 「魔導士になるのか。すごいな」


 「……え、?」


 母さんは花の綻ぶような笑みを浮かべて喜んだ。

 父さんは感心したように腕を組み、嬉しそうに頷いていた。

 どちらも悲しんだり、戸惑ったりする様子は一切見せなかった。


 僕は、世界一の大魔導士が二人に魔法でもかけたのではないかと疑い、彼を振り仰いだ。

 彼は満足そうに何度も頷いていた。


 「うん、じゃあルキ君は引き取らせてもらうね」

 「はい。息子をどうぞよろしくお願いします」

 「暇を見つけて、たまには帰ってきてくれよ」


 両親は手を握り合い、そして励ますように僕の頭を撫でた。まるでずっと前から決まっていた門出のように、見送る言葉に何の躊躇いも迷いもなかった。


 おかしい。


 心臓の辺りがサアッと冷たくなり、早鐘を打ち始める。僕の知っている両親は、絶対にこんなことを言ったりしない。僕との別れをこんなにあっさりと受け入れるはずがない。


 「本当にそう思う?」

 「え、」


 トリス様が、まるで僕の心の中を読み取ったように呟いた。

 目が合った。

 その瞳は燃え盛る炎のように揺らめいていた。


 「ご両親はこう言ってるよ。期待を裏切るのかい? 良い子で私に着いておいで」


 柔らかかったはずのその声を、僕はひどく恐ろしく感じた。喉が締まる、息ができない、何の言葉も出てこない。それでも僕は渾身の力を込めて首を横に振り、足を後ろに退ける。


 その瞬間、弾けるように呪縛が解けた。

 僕は転がるように後ろを向き、一目散に駆け出した。天幕を突き抜け村道へ。目指すのは森の奥だ。夜の帳を司る彼女の元に駆け込まないと、この場で死んでしまうような気がした。

 しかし、後ろからトリス様の憎々しい舌打ちの声が追いかけてきた。


 「チッ……逆らうのか、面倒くさい」


 低く呟いたその声は、次第に不可思議な言葉を紡ぐ。魔法の呪文だと気づいた時には、僕の意識がふつりと途切れた。地面に倒れ込む。砂利を痛いと感じる暇もなく、世界が遠ざかっていく。


 「一歩遅かった。クソッ、あの女……!!」


 怨嗟の声を吐き捨てて、真紅のローブを翻したトリスは森の中へと分け入った。

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