第11話 使節団①


 それから二日が経った。僕は全く眠れなくなっていた。

 母さんは心配してホットミルクやハーブティーを作ってくれたし、赤ちゃんの頃みたいに本の読みきかせまでしてくれたけれど、布団を被っても目の裏にちらつく光が落ち着かなくて、暑苦しくて、眠いはずなのに、体がこの場所を拒否していた。

 夜を求めていた。


 それでも今日は村を挙げての一大イベント、王都の使節団を迎える日なのだ。父さんはもちろん、母さんも朝から歓迎の料理作りに駆り出されていた。今日ばかりは森へあの人を探しに行くわけにはいかない。


 お昼前、僕は他の子供たちと一緒に、草飾りを頭につけ、花かごを持たされて道の両脇に並んでいた。正直眠いし、頭も目も痛いけど、帽子をかぶるのははダメだと言われてしまった。仕方ない。簡単な仕事の間だけ我慢すればいい。ここに立って、道を通った人に笑顔で歓迎の言葉をかけながら、花をかける。今朝から何度も大人たちにその手順を言い含められていた。

 家にある一番綺麗な服を着せられた子供たちは、普段と違う村の雰囲気に頬を上気させながらそわそわと出番を待っていた。


 「来たぞ!」


 遠見台から村への道を見ていた村人が大声で叫んだ。ざわっと皆の頭が動く。

 続いて砂利道を馬が歩く重い足音が聞こえてきた。村で聞くそれよりもハッキリと輪郭を持っているような気がした。さすがの僕も眠気を忘れて村の入口を凝視する。


 まず最初に現れたのは、栗色の毛をした大きな馬だった。上に乗っていたのはピカピカの銀の服を着た騎士の人だ。僕も周りの子供たちも、この瞬間初めて本物の鎧を見た。みんなぽかんと口を開け、その騎士を眺めていた。

 続いて何頭も馬が来た。茶色、黒、葦毛、色々な馬がいた。一番多かったのは茶色だ。全ての馬は立派な鞍を載せ、鎧姿の騎士を乗せていた。

 何人か周りに軽装で歩いている人も、荷物しか載せていない馬もいた。二頭の馬が引く荷馬車が小石につまづいてガタンと音を立てた時、子供たちは我に返って、一行に向かって歓声を上げた。


 「ようこそライコス村へ!」「いらっしゃい!」「お待ちしてました!」「どうぞ!この道の先へ!」


 子供たちが花かごに詰まった花びらを一斉に投げる。青空に舞った赤や黄色や桃色のそれは、騎士たちを歓迎するように降り注いだ。

 高い位置にある彼らの顔は逆光でよく見えない。それでも嬉しそうに笑う口の形ははっきりと見て取れた。

 行列にはだんだんと大きなものを引いてくる馬が増え、人が乗っているであろう巨大な馬車の後、二匹のしんがりの馬と騎士を迎え入れて終わりらしい。

 僕は残り少なくなった花を撒きながら、ふと馬車の窓越しに誰かと目が合った。

 その人は僕と同じ、白い髪に赤い眼をしていた。


 「あっ!」


 驚いて声を上げる。花を撒くのも忘れて、僕はその人を凝視した。その人も僕から目を離さなかった。

 その馬車が目の前を通り過ぎてしまった後も、僕はしばらくぼんやりとしていた。そんな僕の肩に、友達が思いっきり腕をかける。そして花かごを覗き込んだ。


 「わ!」

 「あれ、全部撒き終わってないじゃん」

 「……うん、残っちゃった」


 僕は誤魔化すように残りの花びらを地面へ空けた。馬の蹄鉄に踏みにじられた花びらが道にこびり付いている。それでも、ずっと向こうまで花に彩られた道は普段とは全く違って綺麗だった。


 「なあ、見に行こう!」


 友達の誘いに頷く。周りの子たちも一緒になって、頭の飾りを放り捨て、僕たちはあの人たちが集まっているだろう村の外れの空き地──いや、もう立派な宿舎が建っている場所へ駆けていった。

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