第4話 昼の村③
村の中心にある広場には、大勢の大人が集まっていた。お祭りじゃないのに、王都からの使節団を出迎えるためにお祭りの飾りを付けるらしい。色とりどりの旗や真っ赤なランプが次々と垂れ下がり、屋台が出るという話も聞いた。普段とは違う雰囲気に、大人も子供もそわそわしている。
広場を抜けて、村の西南に広がる空き地へ向かう。そこはもう空き地ではなかった。たくさんの木材が積まれ、大きな足場に囲まれた真新しい建物が三つ並んでいた。ペンキの匂いがする。大工が木を打つトントンという軽快な音が幾重にも重なって聞こえてくる。お祭りの太鼓の音に聞こえる。これで誰かが笛を吹いていたら完璧だ。
僕は何かを飲んで休憩している人たちに話しかけた。
「あの、荷物届けにきたんですけど、入ってもいいですか」
「ん? ああ、ルキ。セルバさんなら一番奥で作業してるよ」
セルバというのは父さんの名前だ。僕みたいな白い髪をした子は他にいないから、村のみんなが僕の名前を覚えている。親切なお兄さんに礼を言って、僕は忙しそうな大人の間を縫って父さんを探した。
体の大きな父さんはすぐに見つかった。手を振れば、汗を拭いていたタオルを片手に握ってぶんぶんと振り回して返事をしてくれた。
「ルキ! なんだ、来てくれたのか」
「うん。おつかい」
「ありがとな〜〜〜!」
駆け寄った僕を父さんは軽々と持ち上げ、もじゃもじゃの髭で頬擦りしてくる。嫌がって避けたら笑いながら降ろしてくれた。日に焼けた腕は積んである丸太のように太い。色あせたヘアバンドで前髪を上げ、首にはタオル。作業着にはたくさんの木屑がついていた。
休憩用の机のところで、僕は父さんに荷物の説明をした。一つ一つ背負っていた籠から取り出し、並べていく。
「着替えと、こっちはパイ。小さいのもあるよ。みなさんでどうぞって」
「これはたくさんだな。重くなかったか」
「平気」
「力持ちになったな〜」
父さんは感心しながら小さい方のパイをつまんで口に放り込むと、僕の口にも入れてくれた。まだ温かいそれは母さんの得意料理だ。いつも大きいパイを焼く時に、余った生地とジャムで「これはパイの子供」と言って作ってくれるやつ。パリパリの生地の中から、甘酸っぱいジャムが口いっぱいに広がる。父さんほど口が大きくない僕は、しばらくリスのようにそれを咀嚼していた。父さんは、自分たちが今どんな建物を建てていて、どれくらいできているのかを身振り手振りを交えて教えてくれた。
「明日か明後日には一度家に戻るよ。家の方の準備もしないといけないし」
「……うん、分かった」
やっと飲み込んで返事をした時、仕事仲間の一人が父さんを探している声がした。
「悪い、戻らないと。本当にありがとうな、ルキ」
「どういたしまして。足元には十分に気をつけて、怪我しないようにね」
「……その言い方、母さんそっくりだな」
父さんは笑って僕の頭を撫でると、届けた荷物を持って仕事に戻っていった。僕はずいぶん軽い空の籠を背負い直す。しばらくふらふらと大工さんたちの仕事ぶりを見学し、それから帰ろうと思った。
西の森の近くまで来た時、金槌の音に混ざってふと聞き覚えのある声がした。
————ワン!
「……ピート?」
それは焼き菓子屋さんの看板犬、ピートの鳴き声に間違いなかった。昨日からいなくなっていたという彼は、森の中に迷い込んでいたのだ。
僕は鬱蒼とした森を見つめて、少し考える。森に入ることは、大人でも動物や果物を取る時以外は認められていなかった。子供だけで入るなんて以ての他だ。
「でも、声が聞こえるってことはそこまで奥にはいないから。もし怪我とかして動けなくなってたら大変だし、大人の人みんな忙しそうだから、頼めないし」
僕は自分に言い訳するように呟くと、きょろきょろと周りを見て誰もいないことを確認し、ドキドキする心臓を押さえながら森へ向かって足を進めた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます