第2話 昼の村①
女の子たちの鈴のような笑い声で目が覚める。
黒い布は、眠っている間に寝相のせいで半分ほど落ちてしまっていた。強い光に目を擦って起き上がると、ぐっと両手を伸ばしてあくびをする。
眠い目を擦りながら自分の使ったシーツと布団のカバーを剥いで、裏庭へ持っていく。学校が休みの日は自分で布団を干す決まりだ。
キッチンで朝ご飯を作る母さんに「おはよう」の挨拶をして、僕は裏のドアを開ける。柵の向こうでは数人の女の子が遊んでいた。
いつもの場所に布団を干していると、その子たちが気づいて口々に声をかける。
「おはよう、ルキ」
「おはよう」
「うそ、もうそんな時間?」
「ねえ、私たちうるさかった?」
「まあね。いつも言ってるだろ」
僕は肩を竦める。女の子たちは悪びれずに笑っていた。
「うふふ、ごめんね」
「もう帰るから、おやすみルキ」
「うん、おやすみ」
夕に眠る子にしては遅い時間だ。眠そうにあくびをしている子もいる。
彼女らはきっと一緒に寝るのだろう。
挨拶を終えると手をつないで、笑いながら駆け足で去っていった。笑い声を弾くように、彼女たちのスカートがひるがえる。
向かう先にあるのはきっと、日当たりの良い花畑だ。子供たちに人気の寝床だった。
夕方の別れはいつも清々しい。きっとあちらは朝方に同じことを思うのだろうけど。
太陽が中天へと昇り、傾き、そして次の太陽に空を明け渡す頃、僕は起きて、反対に彼らが眠る。
朝の子は夕に寝て朝に目覚める。
夕の子は朝に寝て夕に目覚める。
大人たちは半日眠るのを我慢して、好きな方で休むのを許されているけど、僕はまだその歳じゃない。
僕は布団を干し終わると、顔を洗うために川の方へ足を向けた。
庭の横を流れている小川の水を両手ですくう。顔にかける。もう一度すくって、かける。寝起きの頭がはっきりしていく。
透き通った川には、小指の半分ほどしかない小魚がちらちらと泳いでいた。
水面に映る自分の顔は飽き飽きするほど見慣れていた。細い目、丸い頬、不機嫌そうに尖った唇。眉毛の上で切りそろえられた前髪は、濡れて束になっている。
僕の髪は老人のように真っ白だ。父さんとも母さんとも違う。たまにそういう事もあるのだと、二人が教えてくれた。
伸ばしたい、と駄々をこねた後ろ髪は「男の子でしょう」と許してもらえず、ギリギリ肩に当たらないくらいしかない。
ただ真っ直ぐなだけのつまらない髪。頭が丸いから、キノコみたいに見える。白いくて細い、森に生えてるひょろひょろのやつだ。
それが嫌だから伸ばしたいのに、子供は大人の言いつけに逆らえない。もっと短くしたら死ぬほど似合わないのは、試してみなくても分かる。
「はぁ……」
ため息をついて眼鏡をかける。細い金属の丸い眼鏡。これだけは自分の顔にしっくりきて、ずっと気に入っていた。
顔を洗った後は、テーブルで焼きたてのパンを食べながら、母さんと毎朝の押し問答をする。
「いい加減薄暗い部屋で眠るのはやめたらどう?」
「暗い方が安心する。よく眠れるんだ」
「昔はそんなこと言ってなかったじゃない」
「最近気がついたの」
「仲良しのお友達とお外で寝てごらんなさいよ。気持ちいいわよ」
「たまに寝てるよ」
「たまにじゃなくて……」
はぁ、と母さんが諦めのため息をついたら言い争いはおしまいだ。
「まあ、良いわ。あなたが健康なら」
これが母さんの決まり文句だ。僕が何をして、どう怒られていても、最後にはこう言ってくる。
ちらり、と母さんの顔を見上げる。聞き分けの悪い子供を慈しむ優しい瞳がこちらを見ていた。母さんの目はアーモンドのような綺麗な紡錘形の中に、ヘーゼル色がきらめいている。
「いつも健康だよ」
僕は嘘をついた。
パンを咀嚼し、飲み込む。
瞳の色も、僕は両親と異なっていた。
両親だけじゃない、村の誰も同じ瞳の人はいない。
ここでは僕だけが、木苺のジャムみたいな赤色の目をしていた。
僕は本当に健康なんだろうか。
カーテン越しでも光が眩しすぎて耐えられない僕が。
真っ黒の布で光を遮り、薄暗さに包まれてようやく安心できる僕が。
髪も目もこんなに変な色の僕が。
健康だなんて嘘だ。
「そう、良かった」
それでも母さんは僕の嘘に気づかずに、いつも通り優しく微笑んでいた。
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