夜のとばりがかり
流礼
序章 世は光に満ち溢れ
第1話 朝
薄いレースのカーテン越しに、白い陽光が部屋の中へ差し込んでいる。
開いたままの窓からはにぎやかにさえずる小鳥の声と、焼き立てのパンの匂いが祝福のように吹き込んでくる。
僕——ルキ・ラル・クロスは、顔を顰めて窓を閉めた。いつも閉めてくれと言っているのに、母さんは「こっちの方が気持ちいいでしょう」と聞きもしない。
カーテンレールに無理やり黒の布を引っ掛ける。クローゼットの奥を探ってようやく見つけた分厚い布だ。窓の端から端までかけると、ようやく部屋の中が薄暗くなる。
「ルキ、何してるの?」
「寝てる」
一秒でバレる嘘をつくと、ドア越しに母さんのため息が聞こえた。次いで軽いノックの音をさせ、返事も待たずに母さんが踏み入ってくる。
驚いて跳ねる母さんのひとつに括った栗色の髪の毛が、馬のしっぽのように跳ねた。
「きゃっ! もう、またこんなに暗くして……」
「暗くないと眠れないんだって」
「そんなこと言うのはあなただけよ」
母さんはまたため息をついた。でも無理やり布を外すことはしない。僕のやることに文句は言うけど、一応尊重はしてくれる。
だから僕も、彼女の言うことを尊重しなければならない。親としても、年長者としても。それ以上の反抗はせずに、おとなしくベッドへ潜った。
「きっと一人だから眠れないんじゃない? 草の原っぱでお友達と一緒に寝ても良いのよ」
「ますます明るいじゃないか。嫌だ」
「お友達といればそんなこと気にならないわ」
視線で不満を表現すると、母さんは諦めたようにため息をつく。僕の顔から丸メガネを外し、ベッドサイドのテーブルに置いた。
視線を戻した母さんの顔に浮かぶのは、手のかかる子供へ向ける慈愛のこもった微笑みだ。そして布団のかかった僕の胸元を優しい手つきでトントンと叩きながら、いつもの子守唄を歌う。
「よぉるの とばりが おりるから」
「ねんねん ねんねこ ねんねこよ」
「あのこが なみまに おどってる」
「わたしは ねんねこ ねんねこよ」
「……『よぉるのとばり』って何?」
「さあ。昔の言葉よ。子供は眠る時間っていう意味」
「本当に?」
「本当。さ、お話はおしまい。目を閉じておやすみなさい、可愛いルキ」
言われた通り、僕は目を閉じる。
胸元を叩く手が徐々にゆっくりとした動きになる。
緩慢なリズムは眠りを誘い、夢うつつに遠くで子供の楽しそうな声が聞こえる。きっと今起きたばかりの朝の子だ。
朝方に目覚めて、僕らが眠る間に起きる彼らの声は、次第に微睡の中へと溶けていった。
腕で目を覆い、布の隙間から漏れる陽光を遮る。
ルキ・ラル・クロスの朝は、今日も変わらず眩しかった。
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