第46話


 来たる夏祭りは地元の神社で行われる小規模な祭りである。境内へ登る階段の入り口から左右に伸びる道路の長さはおよそ100メートル。普段は住宅街にひっそりと建つ神社も今日ばかりはものすごい人出と出店で埋め尽くされるのである。


 僕は氷月さんが選んだ服を着て屋台通りから少し離れた場所に立っていた。


 神崎は色々と言いたい放題に言ってくれたが彼だからこそあそこまで言ってくれたのであって、カフェを出た時は落ち込んでいた気分が、冷静になるにつれてスッキリしていった。変に慰められるよりもハッキリ言ってくれた方が気分が良いのはおかしなようだが、しかし、神崎と僕の友情があればこそであろう。


 来栖を泣かせてでも氷月さんを幸せにする覚悟ができたのかと問われれば、それは分からない。しかし、来栖に「君と付き合う事は出来ない」と伝える覚悟はした。


 選んだといって、その実感は全然ないけれど、そもそも人の心とは僕の想像だけでどうにかなるものではないのだろう。自分の本心と向き合って浮かんだ答えを隠さず伝える。それを相手が受け取ってどう感じるか。そうやって成り立つものだった。


 僕の決意はとても不安定なものだ。氷月さんの気持ち次第であっさり海の藻屑となるかもしれない。


 だったらいっそのこと思った事を全部伝えてしまおう。氷月さんに振られようが振られまいが、ともかく、僕の気持ちを全部伝える。それを氷月さんが受け取ってからが大切なのだ。そうしてその結果がなんであれ受け入れる。これが、神崎に言われてから自分なりに考えて出した結論だ。


「ラインは送った。しかし、本当に来てくれるのだろうか……いまだに既読はついていないが、ええい、そのときはそのときだ! とにかく待つしかない!」


 昨日から計上して実に30件にも及ぶ僕のラインはすべて未読である。しかし、もう決めてしまったのだから後はなるようにしかならない。都合が良い事は分かっているが、氷月さんならきっと来てくれると信じていた。ラインを送り尽くした僕にできる事はただ待つのみ。言霊を信じているわけではないけれど、口数が多いのは僕も好きではない。


 時刻は8時になろうとしていた。これから花火大会が始まるとあって屋台通りにひしめいていた人混みがすっかりいなくなった。みんな神社や川向うの見晴らしのいい場所へ移動したのだろう。かすかに鼓膜を揺さぶるどぉんという音を聞きながら僕はため息をついた。


「もう始まってるなぁ……氷月さんと一緒に見れたらどんなに良かっただろうか。僕はこの一か月なにをやっていたんだ。いつも向こうから来てくれることに慣れきって自分から行こうとはせず、気持ちに気づいた時はこのありさまか」


 まったく自分が愚かだった。なぜもっと早くに気づけなかったのだろう。というか氷月さんの気持ちが本物だと気づいていながらどちらを選ぶべきかなんてバカにもほどがあるのではないか? 理屈で選ぶということは相手の好意を吟味し比べるという事。氷月さんが僕を好きだという気持ちを前提に選ぶことだ。


「謝れるなら謝りたい。しかし、そんな機会が来るのだろうか……?」


 気づけば、花火大会も終わっていた。


 氷月さんはとうとう来なかった。


     ☆☆☆


 夏祭りは花火大会が終わっても続く。神社へ上がる階段の脇の駐車場に簡易ステージが設置されており、花火大会を満喫した人々が今度は目当ての出し物を見にござへと集まるのだ。地方営業の芸人や地元の人間で結成された即席バンドなど多数の出演者がいる。ステージが終わるたびに人の入れ替わるのが遠くからでもよく見えた。


「……はぁ、こんな時間まで何をやっているんだ。僕は」


 首を振って空を見上げた。もう11時になるだろうか。よく晴れた夜空は星の輝きを遮る事なく澄んでいる。


 これだけ待ってもダメならば氷月さんはもう来ないのだろう。これはもう嫌われてしまったとみて間違いなかろう。しかし、だからと言って来栖を選ぶつもりはない。


 これが僕の選んだ結果だと受け入れてため息をついた。


 帰ろう。そう思って振り返ったそのとき、


「…………………………」


 氷月さんと目が合った。

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