第43話
「損した! 頑張って話して損した!」
来栖は顔を真っ赤にして怒った。そりゃあそうだろう。話の初めからさわりまでまるごと理解されなかった悲しみは相当なものだと思う。僕は雰囲気で聞いていたのだから謝る事しかできなかった。
「いや素晴らしい語り口だったよ。バレーを知らない僕でも楽しかったんだからまったく素晴らしい才能だ」
「そこを褒められても嬉しくない!」
僕は言葉を尽くして取り繕ったけれども来栖には届いていないようで、しまいにはつんとそっぽを向いてしまった。頑張って話したというのだから話し方を褒めるのは正しいように思ったがそこは乙女心の神秘というほかあるまい。来栖は機嫌を損ねたのかズンズンと先に行ってしまう。僕は慌てて後を追いかけた。「本当にごめんってぇ!」
「せっかく感動を分かち合おうと思ったのにさぁ、損じゃん。私。もうめっちゃ頑張って話したんだよ? どこから話したら聞きやすいかなぁ。兼人にも楽しんでもらえるかなぁって一生懸命考えて話したのにさ!」
「それは充分に伝わってきたけどもあいにく僕にはバレーの知識が無いのだ」
「だから怒ってるんじゃん!」
それからしばらくは無言で歩いた。公園の池はそら豆のような形にくぼんでおり僕達はちょうどそのくぼみの部分を歩いている。もう半分も歩いていたらしい。来栖の話に夢中だったからか、歩いてきた距離を街灯を目印に目算してみるとかなりの距離になって驚いた。
来栖の方は次第に怒りが収まっていったと見えて気づけば隣にいて、手の甲で僕の腕をぺちぺち叩いていた。無言だった。
来栖は小学校のころから仲直りしたいときに無言で叩く癖があった。始まりは僕が来栖の手を取って謝ってから。「謝る時はこうやって気持ちを伝えるべきだと思う」と言った僕の言葉を間違って解釈したのだろうと思う。手を取ることはあくまで舞台装置のようなものでメインは伝える言葉の方だったのだが、それから来栖は機嫌を損ねるたびに自分で怒りを収めて先に手を繋ごうとするようになった。そうしてそれが来栖の甘え方になっていったことに僕は気づかなかった。
僕が「おめでとう」と言って手を繋ぐとようやく機嫌を治したらしく「ありがとう」と、しかしムスッとしていた。
それからまた無言で歩いた。さっきと違うところは来栖と手を繋いでいる事。それと、来栖にどこか夢を見ているような調子があったところだろう。
ところで僕にはもう一つ目的があった。それは自分の気持ちを確かめる事。
夏休みの終わりが勝負の期限という事だが、高校生の夏休みは中学生よりも1週間短い。文化祭や体育祭の準備とか授業のカリキュラムが詰まっているせいだろう。8月の最終週には登校日が始まる。それは答えを出すための期限が3週間を切ったことを意味するのだ。
来栖は部活があるからいつでも遊べるわけではない。僕は意を決して口を開いた。
「来栖」
「んー?」
「大会で勝ったらご褒美が欲しいと言っていたよな。何がいい」
「あー、そんなことも言ったねぇ」
「そんなことって……よく分からないけど、ヒーローみたいな活躍をしたんだろう? だったらなんでも聞いてやるぞ」
「んーー、いま聞くぅ? それ」
夢を折られた様子で眉をひそめる来栖が僕には不思議に感じられた。もとよりご褒美の内容を重視していないと言っていたからそれにかこつけた形になってしまうけれど、僕はやはり気持ちを確かめなければならないように思う。
来栖は困ったように俯いた。
「じゃあ、10日が部活休みだからさ、遊びに行きたいな」
「そんなんでいいのか?」
「というか、考える時間が欲しいかな。なんでもって言うからどうせなら無理難題をふっかけてやりたいよね」
詳しい予定は後で決めるという話に落ち着いた。今は2人でゆっくりしたいという来栖の意見を尊重して僕達は公園を一周したあと、ベンチに座って他愛のない話をして時を過ごした。
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