第25話
集合場所は駅近くの公園だった。足取りは重いが、今の僕の心境と心持ちをいちいち書き連ねる事は控えようと思う。いまの僕は自縄自縛と自己嫌悪にカタルシスを見出すクズだ。そのような男子高校生の自分語りほど
氷月さんは公園のベンチに座っていた。
そこから語り始めることにしよう。
「氷月さん……何の用かな」
「八重山……」
氷月さんはピンクの半そでシャツに半ズボンというラフな格好であった。僕の姿を認めるとすっとお尻を動かしてベンチに1人分の空きを作る。僕は黙ってそこに座った。夏の夜気に混じって氷月さんの甘い匂いがした。
僕はなぜ来てしまったのだろう。僕は前述の通りのクズなのであって、いまの心情をいちいち書き連ねると長くなるうえに読者もそのような唾棄すべき駄文を読んで貴重な時間をドブに捨てたくはないだろうし、いまの心情をいちいち書き連ねる事はしないとくだくだしく蒸し返すところに僕の自信の無さが伺えると思う。
しかし氷月さんはそんな僕の不安をすべて吹き飛ばしたのだった。
「八重山………私、私ね………」
「………………」
「ごめん! 押してダメなら引いてみろとかできない! 無理! ヤダ!」
「……………はい?」
「いやほんとに来栖さんの引いてみろ作戦が強すぎてどうしようって焦ってたんだけど同じことしたら八重山の気を引けるかなってちょっと思ってでも来栖さんみたいに徹底するの辛すぎたし嫌だし泣きそうになったしもう本当に嫌われちゃったらどうしようって思ったら後にひけなくなって色々嫌になった!」
予想外のマシンガントークを真っ向から受ける。
トークの内容もさることながら氷月さんの声音、声量、勢いがあまりにも元気だったために僕は面食らってしまった。
昼間と雰囲気が違いすぎる。なんだこの生き物は。
「あのねあのねあのね嫌いになったわけじゃないんだよでもこのままじゃ勝てなもごもごもごもご………」
「あの、わかった、分かったから落ち着いてくれるか」
「――――――ッ! ぷはっ、落ち着けるわけないでしょ!」
僕は仕方なく氷月さんの口をふさいだ。が、氷月さんはその手を剥ぎ取るとさらに喋り続ける。鼻と鼻が触れそうな距離まで詰め寄られるとさすがに圧倒されるが、ふと、この距離でも肌の乱れが見えないのはさすがだなと、どうでもいいことが頭をよぎった。
「あんたの事でどれだけ思い悩んだと思ってるのよ! あんたが来栖さんと2人でいた事とか来栖さんの事ばっかり考えてた事とか頭の中から離れなくて夜もすがら泣いていた事とか知らないでしょ! 見せてやるわよ! 恋に悩む乙女の姿を! ええ見せてやりますとも! もうそうしたらいいんでしょ! そうしたら好きになるんでしょ!? ええ!?」
「こ、こわ………」
「怖いとはなによーーーーーーーー!」
ところかまわず吠え散らかす氷月さんは子供のようだった。自分の気持ちを抑えられない子供。しかし、その無邪気さや純粋さは僕に少なからず衝撃を与えた。この人を見ていたら無闇に明るくなれるような、氷月さんと来栖のことで悩んでいた自分を木っ端微塵にされたような気がした。
「私はねぇ、八重山が好きだよ。好きだから諦めたくないし、負けたくないし、引きたくもない。そんなことをしている暇があったらとにかく話そうって思った。でも、嫌われてたら嫌だから今日のことは謝っとく。ごめんね」
「………はぁ」
「………なによ、その生気のない返事は」
「だってさ……」と、僕は言葉に詰まった。
僕は前述の通りのクズであっていまの心境をいちいち書き連ねると長くなるしこれが始まると長くなるので割愛させていただく。が、とにかく自分の全てに自信が持てなかった。
僕はベンチから立ち上がると氷月さんを見つめた。
「僕は、正直言って……どうしたらいいのかわからない。氷月さんの良いところは知っている。けど、来栖のいいところもたくさんあって、僕はむしろ………こんなことを言うと傷つけてしまうかもしれないけど、僕は……」
しかし、僕の言葉は遮られた。
「私が傷つくとか、なに? もうさんざん傷ついてるわよ! あんたのこと1年生のときに一目見てからずーーーーーーっと気になってたんだ! でもずーーーーーっと来栖さんとばっかり話してるからもう傷だらけよ! それでも諦めなかった! そもそもいままで言いたい放題言ってきたでしょ! いまさらつまんないこと気にして言いたいことを言えないようなやつは八重山じゃない!」
氷月さんも立ち上がった。シャツの裾を掴んで引っ張って、精一杯の気持ちを叫び始めた。
「ぼ、僕じゃない……?」
「ええそうよ。あなたと来栖さんの仲がいいことなんて充分知ってるわよ。来栖さんの方が良いんでしょ。でも、だからなに? 私はとっくにあなたを奪い取る覚悟よ! 気持ちが離れたんなら引き寄せれば良いじゃない。捕まえてがんじがらめにしてもう2度と逃げられないようにしてやるんだから! 恋は戦争だ!」
氷月さんは口を開くごとに燃料を自己補給しているようだった。喋れば喋るほど気持ちを募らせて際限がない。このままでは永久に喋り続ける自家発電モンスターが誕生してしまうかもしれない。
厄介だと思う反面、「ありがとう」と言いたい気分だった。氷月さんと話していて気分が軽くなったことは確かだ。悩んでいた自分がバカらしく感じた。もし好きになることがあったら真正面から好きと言おう。そんな思いが湧くほどに氷月さんはまっすぐだった。
僕はやっぱり来栖のことが好きなのだ。それは変わらない。僕は自信を持って言えるようになった。
「なら、僕のことを落としてみろよ。そうしたらその時は僕から告白する」
僕は清々しい気分だった。生まれ変わったような、いままでの自分を壊されたような気分だ。
これで気持ちを奪われるようなことがあれば、そのときは諦めよう。僕は笑顔で氷月さんを抱きしめて幸せにするのだ。そう決めた矢先のことであった。
「だから、別れよう」
「……ん?」
「別れよう。このままじゃだめだよ」
氷月さんはいま、別れようと言ったのか?
「たぶんね、私、八重山は私を大切にして当然だと思ってる節があるの。彼女なんだから。恋人なんだから。一番に思って当然だって。だから辛かったし気分が安定しなかったんだと思う。でも、違うよね。私たちは成り行きで付き合っただけなんだから八重山の気持ちがついてこなくて当然だよ。だから、あなたの気持ちを射止めるために別れるの。どう? 名案じゃない?」
「………はあ」
「あれ、あんまり響いていない?」
「だってさ、なんか、まわりくどくない?」
「じゃあ自動的に勝負は私の勝ちだね。浮気なんて絶対に許さない。八重山と手を繋いでいい女の子は私だけ。私、独占欲は強い方だからね。これまで我慢した分も含めて八重山を独り占めするよ?」
「…………………」
「でもそれじゃあ来栖さんに勝ったことにはならないから。私だって心置きなく八重山と仲良くしたい。けど、この関係のままじゃあお互いに重い物を抱えたまま。だから、全部すっきりさせるための妙案だと思わない?」
氷月さんは僕の両手をとってにこりと笑う。
「いままでありがとう。そして、これからよろしくね」
その混じり気のない笑顔は、なんだかこれから始まる混沌をはらんでいるように思えた。
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