第14話
翌日。学校へ行くとほぼ全てのクラスメイトが氷月さんの周りに集まっていた。とうとう氷の女王様が独裁政権を敷きはじめたのであろう。女子はみな色めき立ち、男子はみな骨抜きにされた様子で昆布のように揺らいでいた。
異様な光景であった。クラスの中心に氷月さんがいることもそうだが、クラス全員が虜になっている。
「氷月さん!」「氷月さん本当?」「そうなの氷月さん!?」と、女子を中心に黄色い声が飛び交っており、男子は洗脳されたような口調で「氷月さん可愛い」と呟いて、みな浮かれている様子だった。
何が行われているのだろうか。できれば関わりたくない。僕のごとき陰キャはかような空気にさらされると存在ごと溶けて消えてしまうのだ。
「……早退、するか」
そう結論を出して回れ右をする。
「あ、八重山くん」
「……元木さん?」
「なにしてるの? 教室に入らないの?」
反対側の入り口から上半身だけ出して、元木さんが「おぅい」と呼びかけてくる。
氷月さんの友達1号の彼女に見つかるとはなんと運が悪いのだろう。このままでは元木さんの声にみんなが気づいてしまうであろう。それはマズイ。僕と氷月さんの関係を誤解されているいま氷月王国の家臣共に見つかれば何をされるか分かったものではない。
「えーっと、急に体調が悪くなってね。ほら、風邪かもしれないから、病院に行って検査しなくちゃならない」
「そっかぁ……たしかに顔色悪そうだねぇ……」
「だろう? いまは元気に見えても後から悪化する例なんていくらでもある。というわけで僕は失礼するよ」
「うん、お大事に~~」
僕の嘘は完璧だった。元木さんは手を振りながら教室に引っ込む素振りを見せたが、「あ、待って! お礼言わなきゃ!」と、慌てて駆け寄ってくる。僕は足を止めた。
「昨日はありがとう。八重山くんのおかげで凛と仲良くなれたよ。なんとか課題も終わったしね」
「なんの話か分からないな。喧嘩してる相手のために僕が何かをすることなどない」
しかし、下の名前を呼び捨てするような友達ができていることに僕はホッとした。
「あはは、隠さなくてもいいってぇ、本当は凛と仲良いんでしょ? っていっても本人からそう聞いたわけじゃないよ。ただ、凜の様子を見てたらそうなのかなって思っただけ」
「………………………」
「昨日もさ、友達と話してたときに八重山くんの話になったんだ。そしたら凜がね、ずっと楽しそうな顔で、うん、うん、って聞いてるんだ。私たちみんなわかったよ。恋してるなって。それで、みんなで応援しようって決めたんだ」
「……そう、なんだ」
僕は困った。仲直りの算段を立てる前にクラスメイトにバレる可能性をまったく考えていなかった。これはすべて僕の落ち度だ。だいたいなんで、氷月さんが可愛くあるのが僕の前だけなんて錯覚をしてしまったのだろう? これじゃあ完全に舞い上がっているだけの阿呆ではないか。
しかし嬉しいと思っている自分もいた。
第三者から聞いた以上、氷月さんが僕に好意を抱いている事は本当だと認めねばならない。しかし、それを認める事を誇らしいと思う僕がいた。
「……しかし、なんで僕の話なんかしたの。君とは今日まで話したことも無かったんだぜ」
「そりゃあ、あの凛と正面から喧嘩できる、から? ほら、凛って近寄りがたい感じあったじゃん。なのに堂々と言い争って、しかもあそこまで凛を変えちゃうなんてすごいね~って」
「なんじゃそりゃ」
「へへ、それだけじゃないけどね。でも、口は悪くても優しいし、目立ちたがり屋じゃないけどリーダーシップがあって、言う事は的を射てるし、なんだかんだ人の為に行動してるって話だった。凛はずっと楽しそうに聞いてたよ。ありゃあ完全に恋する女の子だったね。早く付き合ってあげなよ~~。あ、こんな事言ってるのがバレたら怒られるかも……」
「……うん? 氷月さんは言ってないのか?」
大きなお節介だ。それに早く付き合えとはどういうことなのだろうか。と、思ったが、理由を尋ねるよりも先に訂正したい気持ちが強く起こる。
「いや、僕達は……」付き合っている。思わずその言葉が口をついてでる。
まさにその時であった。
「おっはよ~~! およ、けんジィが女の子と話してる。めっずらし~~」
と、バカみたいに元気な声に、僕の言葉はかき消された。
僕はげんなりして言った。
「……来栖。やけに元気だな」
「元気が無くても元気を出す。そうすりゃ勝手に元気になるのが人間なのだよ。けんとくん。で、元木さんもおはよ~~」
「うん、おはよ~~」
来栖は僕らに軽く手を振りながら教室に入ろうとした。が、彼女も僕と同様に教室の雰囲気に圧倒されて後ずさりをした。「……なにこれ。宗教?」
来栖もまた陰キャである。上手くごまかしているようだが、人が集まるところを本能的に拒否するところだけは隠せないらしい。
「どうしちゃったの、これ」とひそめた眉を僕に向けた。
「あ~、それね、みんな凛の恋バナを聞いてるんだよ」
「恋バナ?」と、来栖。
「そう。友達が……あー、間宮の事だけど。間宮が面白がって凛にいろんな質問してたんだ。八重山くんのどこが好きなのかとか、いつから好きなのかとか。そうしたら、凜がとつぜん勢い込んで話し出して、その様子が可愛いってんで、みんなこうなった」
「…………………………」
事の
「へえ、けんジィのねぇ」
「……なんだよ、僕だって初めて知って驚いているところだ」
「ま、私はもっと前から気づいてましたけど?」
「はあ?」
来栖は何かを考え込むように俯くと、ふいに僕に抱き着いてきたではないか。
「ちょ、おま、何をする!?」
「とつにゅう~~~~~」
「待て待て待てバカバカバカ!」
来栖は重機のような力強さで僕の背中を押した。運動部に所属しているだけあって細身でも力は強い。来栖本人は女の子らしくないと思っているようだが、年上好きの僕は力のある女性は好きである。そういう人を支えられる男になりたいとも思っている。
年上好きというのはただ憧れているだけではだめだ。彼女らは行動力のある男を選ぶ目を持っているのだから、腕立て腹筋背筋などなどの鍛錬を怠る男は眼中に無い。そのために僕が日々どれほどの努力をしているか。それはもう地獄のようなメニューをこなしているのだが、それをここで
来栖は教室に突入すると、ビシッと氷月さんを指差してこう言い放った。
「氷月さん! こいつは私がいただくわ!」
「はあ!? こいつってのは僕のことか!?」
「あたぼうよ!」
威勢よく言い放っておきながら背中に隠れているのだ。背後から僕の腹部に手を回して、来栖は顔だけ出していた。柔らかい鉄のようなお腹が押し付けられる。世紀の大怪盗的宣戦布告とは裏腹の女の子らしさに、僕は思わず頬を緩めた。
氷月さんを囲んでいた集団は来栖のその宣言にどよめいた。驚きと、これから何が起こるのかと期待するようなワクワクが見てとれる。
氷月さんは不機嫌そうに集団の中心から姿を現した。
「えっと………来栖さん、だよね。いただくわって、どういうことかな?」
「そのまんまの意味よ。兼人の彼女になるのは私。あなたなんかには渡さないわ」
「………そう」
「兼人の彼女の座をかけて勝負をしましょう。期限は夏休みの終わり。それまでに兼人と付き合った方が勝ちよ」
「…………いいわよ。受けて立つ」
氷月さんがそう答えると教室中が沸き立った。
誰もかれも顔に書いてある。これは面白いものが見れるぞ、と。
ジョーカーが早くも動き始めた。
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