第13話


『ねえねえねえねえ! 友達が3人も出来たよ!』


『すごいな、今日だけで?』


『うん! ラインを送ったら迷惑かなぁ、やっぱり一回でやめとくべき? たくさん話したいんだけど』


『………あのときは、恐怖を覚えたぞ』


『あーうー、ごめんってぇ』


 夜。いつもの時間に氷月さんから着信があった。僕は風呂や食事といった諸々の準備を終えていつでも寝られるように支度を整えてから電話にでる。それがもう習慣になっていた。


 僕自身この時間を楽しみにしているのだろう。8時が近づくとやたらと時計が気になった。1分1秒が遅く感じられた。僕の方からかけたいと思う日さえあった。


 習慣。そうだ、ただの習慣だ。年上好きのこの僕が氷月さんの子供っぽい一面に惹かれたなどと皮肉にもほどがある。習慣だから守りたいだけなのだ。この僕が氷月さんに興味があるなんて………そんなこと………


『ねえ、ホントに八重山のおかげだよ。あなたのおかげでまた1日の楽しみが増えた………なに? 魔法使いなの? すごすぎるんだけど』


『うん? 今日の事なら氷月さんが頑張ったからだろう。友達が増えたのも、元木さんと仲良くなれたのも、ぜんぶ氷月さんの人柄、それに頑張りの成果だ。それは認めろよな』


『人柄……えへへ、八重山は本当に褒めるのが上手だね。私、少しは大人に近づけたかな』


『通話口の向こう側でニヤケてるな?』


『えへへぇ、そんな事ないよぉ』


『……まだ子供だな』


 ありえない。僕が氷月さんに惚れる事はない。


『とりあえず語尾が伸びる癖をどうにかしてくれよな。そうしたら自然に会話できるし、付き合ってるとバレるリスクも減るだろ』


『そうしたら学校で話しかけてもいい!?』


『……改善できたら、な』


 するするする! すぐ治します! と若干音割れ気味の大声で氷月さんは言った。


 あの3つの約束。会話をしないこと。目を合わせないこと。仲良くしないこと。それはあくまでも関係を隠すための措置であって絶対ではない。


 クラスの中で僕と氷月さんの仲が悪いと評判になっているいま、彼女のためにもいつか和解する日が来るだろう。そのときに氷月さんの顔が緩んでいたらすべてが茶番だったとバレかねない。それを回避するための措置である。


『八重山ってすっごくお兄ちゃんって感じがするなぁ~。ちゃんと私のことを見てくれてるっていうか、なんだかんだ優しいところがポイント高いです』


『なんのポイントだよ……それに僕のどこが優しいんだ』


 僕は、ただ自分のためになる事を一つ一つ片づけているだけだ。氷月さんに友達が増えれば彼女の価値観も変わるだろう。そのうち、僕よりも良い人がいると気づくだろう。そのために尽力しているに過ぎない。


『優しいよ。だって、もう11時なのに、嫌な感じも見せずに付き合ってくれてるし、好きでもないのに恋人でいてくれるし、あまり否定しないし、子供っぽいところも受け入れてくれるところとか、本当に…………』


『…………………』


『ねえ、私、頑張るから。八重山を惚れさせるから。手放したくなくなるくらい素敵な人になるから。そのときは、八重山の方から…………』


『…………………』


『…………………』


 僕は、待った。


『あ、あの! 今日はもう遅いし、明日また話そっか!』


『そう、だね。また明日話そう』


『おやすみ!』


『おやすみ』


 氷月さんは逃げるように通話を切った。


 彼女が言いかけた言葉は、実は、少し聞こえていた。


「……まいったなぁ」


 僕は天井を仰いだ。


 氷月さんはなぜ僕の事が好きなのだろう?


 ―――—ねえ、私、頑張るから。八重山を惚れさせるから。手放したくなくなるくらい素敵な人になるから。そのときは、八重山の方から…………


 決意に満ちた声であった。それだけに心がモヤモヤする。


「……これだから同年代は厄介なんだ。言葉に力があり過ぎる。他の人なんて見向きもしないで僕しかいないと決めつけて……はあ、まいったなぁ」


 ぐるぐると脳内をめぐる氷月さんの言葉を鎮めるため、僕は散歩をすることにした。


 しかしどれだけ歩いても罪悪感が消えない。むしろ叶えてあげたいと思っている自分が強くなるようだ。


 僕はなぜ氷月さんの事を好きにならないのだろうか?


 なぜ氷月さんの良い所ばかり思い浮かぶのだろうか?


 好きでもないのに恋人でいてくれるし。という氷月さんの言葉が不意に蘇った。


 氷月さんはあの時、大きな傷を呑み込んだように思われて、僕は頭を掻きむしった。


「優しくなんかないじゃないか……」


 僕は必ずしも氷月さんを喜ばせてばかりいるわけではない。本当に優しいのならば、僕達はとっくに分かれているはずなのだ。


 このさき、どうすればいいのだろう。


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